生坂ダム
生坂ダムの露頭観察

  犀川は生坂村で大きく左岸側(西側)に蛇行する。大きく蛇行を開始する場所に生坂ダムがあり、こ
の下流側は水量が少なくて河床が広く現れ、地層の観察に適している事で有名である。
 ここに現れている地層は新生代第三紀中新世の頃のものだが、垂直にそそり立ち、断層や褶曲によっ
てもめている。犀川に沿っては“犀川擾乱帯”と呼ばれる地層の変形が大きいゾーンがほぼ南北方向に
走っている。これは犀川断層(犀川背斜)と呼ばれる変位量が大きい断層(背斜)があるためだ。
 生坂中学校の横の道を通って犀川河床に降り、上流側に進むと、新生代第三紀中新世の別所層と青木
層の境界が存在している場所に出る。地層は垂直に立っており、時間軸を真上から眺めることになる。
(写真上左)別所層と青木層の境界。左側の白っぽい地層が青木層で、右の黒い凹んでいる部分の地層
が別所層だ。堆積した順は別所層の方が古いので、右側が下位(海底)の方向となる。
(写真上右)青木層の基底部は礫岩で、チャートや硬砂岩の礫が含まれている。ポットホールがある。
 生坂ダムのすぐ下流には青木層が露出して いる。犀川流域に分布している青木層は砂岩 泥岩の互層を主とし、模式地の青木村に現れ ているものより砂岩の挟みが少ない。また、 きれいに成層した有律互層から成る。 放射性年代によって、別所層が1500万年〜 1300万年前、青木層が1300万年〜800万年前 前と測定されている。
犀川流域に現れている青木層のもう一つの特徴 はスランプ褶曲しているものが多いということで ある。スランプ褶曲は、一度海底(湖底)に堆積 した地層が、まだ未固結の状態の時に地震などの 地殻変動が起きて層理が乱れたり、元の場所から 崩れ落ちてさらに深い場所に再堆積したものであ る。青木層が堆積した頃に地殻変動が激しかった り、堆積物が崩れ落ちやすい急斜面が存在した事 を暗示している。写真では、青木層の一般走向方 向の地層を切って、ねじ曲げられた地層が現れて いる。(Uの字に曲がっている部分)
 生坂中学校付近の犀川河床にはトクサが繁茂してい る。トクサは羊歯(シダ)植物である。今は陽あたり の良い場所は新生代になって栄えてきた強い被子植物 に占拠されてしまっていてシダ植物は日陰植物の代名 詞だが、古生代の終わり頃はシダ植物が栄え、10mを 超える大木が茂る大ジャングルを形成していた。世界 の有名な炭田はこの古生代末期石炭紀に栄えたシダ植 物が石炭になったものだ。(だから石炭紀という名が 付いた。)  葉っぱもないこの植物は、文字通り生きている化石 だが、ジャングルを作っていた頃に思いを馳せよう。
  <参考文献>
       日本の地質編集委員会(1988)日本の地質T「中部地方T」,共立出版
    長野県地学教育会(1989) 信州・大地のおいたち,信濃教育会出版部
    信州理科教育研究会(1996)大地は語る,東京法令出版
    信濃教育会(1953)信濃の地質見学の旅
    信濃教育会(1967)信濃の化石採集の旅
    地学団体研究会(1988)長野の地質案内
    自然観察資料集作成委員会(1990)松本盆地のおいたちをさぐる,松本市教育委員会ほか 
    地学団体研究会松本支部(1995)自然ハイキング信州の地質めぐり,郷土出版社
    信濃毎日新聞社編集局(1992)信濃すと〜ん記,信濃毎日新聞社
                                                                           (宮坂 晃)      
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