松原湖(小海町)
 火山の爆発や地震による山体崩壊で生じた岩屑なだれにより麓に多島海や多くの湖沼群を生じることが ある。(たとえば鳥海山や磐梯山)  八ヶ岳の東麓、小海町に4つの湖からなる松原湖沼群があり年間を通じて観光地となっている。近くに は小海をはじめ海瀬・海尻・海の口などの地名があって、有史以降になって何らかの変動が起き、巨大な 湖が存在したことを暗示させている。
       ↑   ↑ ↑       ↑     赤岳(2899m)       硫黄岳(2760m)        天狗岳(2648m)    横岳(2829m)       (上写真)八ヶ岳を映す松原湖   古文書(『類衆三代格』『扶桑略記』『日本紀略』)によると、西暦887年8月、続く888年6月に北信  州で地震や洪水などの天変地異が起きたことが記されている。   これらの天変地異について初めて言及したのは今村明恒氏で1947年に「 888年に信濃北部地震が発生し  八ヶ岳が崩れ大洪水が発生した」との説を発表した。   八ヶ岳の地質を詳しく研究した河内晋平氏は1983年に、松原湖の周辺や千曲川河床付近に分布する若い  泥流状堆積物を大月川岩屑流と呼び、堆積物中に含まれる岩石が7割程度稲子岳溶岩由来のものであるこ  とを発見して、「887年8月に八ヶ岳の天狗岳付近で水蒸気爆発が起こり、岩屑なだれ(大月川岩屑流)  が発生した」と考えた。 この岩屑流中に大量に含まれている埋もれ木の年輪を調べると、秋近くまで木が  成長していたことを示していた。   その後、千曲市で埋蔵文化財の調査をしていた臼居直之氏は、平安時代の田の粘土の上に重なる軽石を  含む砂の層 (平安砂層)について研究し、田の土の上には足跡が多数存在していたことから、田植えの時  期に洪水が起きて砂の層が堆積したと考え、平安時代の888年6月の洪水説を支持した。   これらの研究を踏まえて、石橋克彦氏は1999年に「 887年8月に起きた東海地震で天狗岳で山体崩壊が  起こり、岩屑が千曲川を埋め尽くして天然のダム湖が出現し、それが 888年6月に決壊して下流に大洪水  をもたらした」と説明した。 今のところ様々な証拠から石橋説が最も有力とされている。   科学はこのように、肯定と否定を繰り返しながらスパイラルに進んでいく。
   ↑    ↑   ↑   ↑ 根石岳(2603m)   中山峠       天狗岳(2646m)   稲子岳(2380m)
 (左上写真)崩壊の中央部に位置する天狗岳。稲子岳は稜線部の山体がずり落ちたものと考えられている。  (右上写真)大月川岩屑流堆積物。白色〜黄褐色を呈し、角閃石デーサイトの角礫を含む。    大月川岩屑なだれは千曲川および相木川を堰き止め,2つの巨大な湖を形成した。千曲川に形成された  湖は最大時には上流10kmに及び、深さ130mあったらしい。10ヶ月にわたって堰き止められて次第に水かさ  が増した天然ダム湖は翌年決壊し下流に大洪水をもたらした。しかし湖の一部はその後100年近く存在し、  最終的に1011年に決壊してなくなった。一方で相木川に形成された湖はその後600年近く存在し続けたらし  いことが古文書から読み取れるという。   地学を研究すると、かつてこんな自然現象が起きたのだということがわかる。そして地球という星の理  解が進む。なによりも、昔起こった事はこれからも起こりうるのだという警鐘をも鳴らしてくれている。   <参考文献>    河内晋平 (1983) 八ヶ岳大月川岩屑流.地質学雑誌,第89巻,第3号    佐久穂町公民館(2011)佐久穂町地学教室見学会案内    小海町ホームページ (宮坂 晃)

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