山清路〜差切峡(生坂村)

  犀川の支流の麻績川沿いに、奇岩と、それを  刻んだ清水が競演する2つの景勝地、山清路と  差切峡(さしきりきょう)がある。  (写真左)山清路風景。   対(ペア)をなしてほとんど垂直にそそり立  つ板状の岩。  これは近寄ってみると砂岩の地層であることが  判る。現れているのは、新生代第三紀中新世の  小川層の砂岩層で、おおよそ800万〜600万年前  に海に堆積した地層だ。   間のへこんでいる部分は泥岩で、固い砂岩は  浸食に耐え、軟らかい泥岩は選択的に浸食され  ていることが判る。このようなものを差別浸食  という。   岩が垂直だということは、地層が垂直にまで  急傾斜していることを意味する。周囲の露頭で  も、このように削り込まれた泥岩と取り残され  た砂岩が垂直な状態で交互に積み重なっている。
 (写真左)差切峡の風景。  山清路で見たのと同様、急傾斜した砂岩と泥岩の互層が  現れ、泥岩の部分がへこんで、厚い板が幾重にも重なっ  たような景色が続く。     さて、2キロ離れた地点で同じような風景が出現する  ということはどういうことであろうか?   景色が似ているのは、そこで営まれている地質学的現  象も似ているということである。実は、これら2つの景  勝地に現れている地層は同一のもので、込路向斜と呼ば  れる向斜構造によって折れ曲がった地層が両翼に現れ、  同じように浸食されているからだ。
(写真左上)坂北村重付近から西側を向いて撮影。中央部の凹んだ部分を込路向斜軸が通過し ている。小川層の砂岩層は硬く、浸食から取り残されて険しい山地形を作っている。遠景に見 えるのが生坂山地。生坂山地と犀川が交差する部分が山清路である。 (写真右上)この付近の概念図。灰色は青木層、薄茶色は小川層の砂岩層、硬い砂岩層が抵抗 体となっている。
(写真左上)込路向斜の軸付近に凝灰岩層が挟まれている。これは「高桑凝灰岩」と呼ばれ、 長野市の西側に分布する裾花凝灰岩に対比されている。放射性年代によって、610万年前と測 定されている。なお、この地層は上の図の茶色の部分に挟まれ、向斜構造によって山清路と重 に2回現れるが、山清路のものはコンクリートに覆われ現在は見ることができない。 (写真右上)高桑凝灰岩のクローズアップ。黒い鉱物は角閃石及び黒雲母。灰色の大きい鉱物 は石英で、高温型の結晶形を呈することで有名だ。                                   <参考文献>    日本の地質編集委員会(1988)日本の地質T「中部地方T」,共立出版    長野県地学教育会(1989) 信州・大地のおいたち,信濃教育会出版部    信州理科教育研究会(1996)大地は語る,東京法令出版    信濃教育会(1953)信濃の地質見学の旅    信濃教育会(1967)信濃の化石採集の旅    地学団体研究会(1988)長野の地質案内    自然観察資料集作成委員会(1990)松本盆地のおいたちをさぐる,松本市教育委員会ほか     地学団体研究会松本支部(1995)自然ハイキング信州の地質めぐり,郷土出版社    信濃毎日新聞社編集局(1992)信濃すと〜ん記,信濃毎日新聞社 (宮坂 晃)
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