第三話




 思わなくても浮かんでくるあの声、形こそ無かれ何物かが心を引っ掻き回す
起床までには少し間がある、もう少し休んでおきたい。
体の方が許してくれそうに無い、板と大して変わらないベッドから
身を起こし昨日貰った薬を服用する。最近自分の中に毒みたいなものが
溜まって来ている気がする、仮に毒では無いとしても何かが自分の中に
溜まって来ている。直に限界点が来る、その時自分はどうなるんだろう
そうなる前に吐き出せる物なら吐き出したい。
 最近、目覚めるのが速くなった、少し前まではずっと眠っていたのに
これも訓練の一環なのだろうか、するとそう遠くないうちに起きている
人を撃つ事になる、私にとっては問題無い。それに嫌であれ好むのであれ
強制させられる事だ。



「キャシー?」

 そう言われた猫はルーンの右腕から肩に移り首の周りをゆったりとまわり始めた
足取りが多少ふらついているように見えるのは足が一つ失われている為であろう

「良い子ね」

 手を机に向け降りるように促すルーンそれに同調したのか後ろを振り向きながら
机えに移るキャシー。

「行って来るから・・・」

 そう言うと自室の奥に設置されているドアの向こうへ消えていくルーン
キャシーはその姿を愛しく或いは寂しげな表情でそれを見送る。
 
 あのあとの事はよく覚えてない、ただもう疲れて動けなくなって
置いてあったベッドにそのまま倒れこんだ事までは覚えている、そのまま眠ったんだね、きっと。
今日から新しい日々、昨日、それまでとは全く違う日々が始まる
全てが変わる、日常が変わる。それだけは間違いなかった。 
 
「起きてる?」
 
 ベッドの傍らに立ちそう呼びかける、名前は確かフィと言っていた
顔は布団に隠れてよくは見えなかった、昨日は暗闇で少し話しただけなので
本格的な顔合わせは今日が初めてになる。

「は、はい。おはようございます、ルーンさんでしたっけ?」

 まだ眠たそうに目を擦りながらそう彼女は答えた。

「もう時間だから、着替えて、服はあそこにあるから朝食は別にとるから
外で待ってるから。」

 テキパキと指示を出しドアの向こうへと消えるルーン、その姿を
目で追いながら支度に取り掛かる。渡された軍服一式は
少し肩がキツク感じる程度でそれ程問題は無かった、
部屋をグルリと見渡してから部屋のドアを閉める。

「丁度良いわね、行きましょう。それと一つ」

「何ですか?」

 正面に立ちエメラルドグリーンの澄んだ瞳を覗きながら
事を告げる。

「良い、これから言われる事には全て「ハイ」と返事をする事
解かったかしら?」

「ハッ、ハイ!、これで良いんだよね?」

「そう、少なくとも此処に戻ってくるまでは続けて」

「ハイ、それは私のためですか?」

「いいえ、私の為よ」
 
 さらりと言いながら踵を返し歩き出すルーンそれを見て
少し間を置いてから、フィが後に続く。建物は曲がりさえしなければ
何処までも同じ景観で代わり映えが全くしない。
ただ所々ひび割れたコンクリートが
ほんの小さな個性を出しているように見える。
一定の距離ごとに見える天上の溝にはシャッターでも収まっているのだろう。

「朝食はここで食べるから、来て」

 言われるまま両開きのドアを開け放ち中に入ると
そこはそれまでの静寂が嘘のようにざわめき立っていて
私はここで初めて人をみたようなそんな不思議な気分になっていました。

「おーい、フィー!!」

 ざわめきの中を貫くように聞き覚えのある声が耳に届く。

「ジャミル君!!」

 何処にいるか解からないけどとりあえず返事をしてみる
人が一斉に振り向くのが目で見て解かった。

「はは」

 空笑いを浮かべながら辺りを見渡してジャミル君を探す
目線を必死にそらそうとしているジャミル君を見つけることは簡単だったし
その奥で隠れようとしているキナ君も見つけた。

「おはよー、ジ・ャ・ミ・ル・君〜」

「お、おはよう」

 ひきつった声で返答してくる。まだ人の視線はそこはかとなく
感じるので、そのまま横の席に腰を降ろす

「キナ君もおはよ〜」

「おはよう、フィ」

 後から来たルーンが私の横に座り、少し間を置いて別の場所へ出ていった

「やっぱお前も来たんだな〜」

「なにっ、その不機嫌そうな声は?」

 更に不機嫌さを増した声で応戦する。

「お前は軍隊向きじゃないと思ってな」

「それってどう言うこと〜?それを言うならジャミル君だって同じだと思うなっ」

「ああ、もうわかった、それより飯取りに行けよ、残り時間もそんなに多くは無いからな」

「あっ、ごめん〜ありがと」

 言うが早いが朝食を取りに小走りで行ってしまう。

「お前ら、良いコンビだよな」

 パンを齧りながらキナが呟く

「冗談言え、誰があんな奴何かと」

「まっその内解かるだろうけどな」

「解かってたまるかよ」

 誰があんな奴とコンビを組むか

「お待たせ〜」

「誰も待ってねぇよ・・・馬鹿」

「ひっど〜い、ルーンは待ってたんだよね?」

 何時の間にか隣の席につき静かに朝食を食べている。

「べつに」

 間髪を入れずに受け流すルーン、

「ぐっ・・・」

 もはや返す言葉も無い、言葉少なげに朝食を平らげ
スクッと立ち上がると移動体制に入る。

「あっ、ジャミル君、次何処良くの?」

「はぁ・・・」

 深い溜息を付きながらジャミルが答える

「今日は御前は基礎体力、昼の後は射撃訓練
これでも気を使ったんだとさ、やれやれ」

 言うジャミルをキナが手で制する

「やめておけ、解かってるだろう」

「ああ、解かってるよ、場所が場所だ」

 小声で互いに確認しあう2人の間に割って入るフィ
それを立ち上がりながら少し見て去っていくルーン

「そんな事は良いから、何処へ出ていけば良いのか教えてよね!!」

「うっさいなぁ、外だよ、外」

 耳を押さえながらいかにも嫌そうに応答する、ジャミル
キナのほうは呆れた面持ちで食器の片付けに席を外す。

「外って何処よ!!」

 怒鳴りながらジャミルに迫る

「何処って外だよ!!決ってるじゃないか!!」

 同様にフィの頭に顔を近づけるジャミル、遠目にどうしようもないな
と言った面持ちでそれを見ながら更に落胆するキナ少なくともこの2人には
迷惑を蒙ることになるだが、この事は何も彼がNTの素質があるからではなく
ある種の本能が導き出した結果であった。

「もうっ、なーんにも教えてくれないんだからっ」

 膨れ顔で応対と言えない応対を続け結局テーブル正面に立ったキナと
ジャミルとフィのみになってしまっていた、無論キナは時間をさかんに気にして
今にも此処を立ちそうな雰囲気である。

「あー、フィそれとジャミル、時間が無いんだが、一体何時まで下らない喧嘩を
続けてくれる気だ?迷惑を蒙るのは俺とルーンなんだが」

 自分の時計を人差し指でせわしく指しながら、それでも上に掛かっている
時計を交互に見ながら2人いやジャミルに問い掛ける 

「なにっ!?やべっ、フィも急げ!!」

 言うが早いが食器を大急ぎで片付け始める、フィもパタパタと走り後に続く
それをやれやれと言った表情で見つめるキナ。間もない内に片付けを終えサッサと
食堂を後にする。多分これから毎日の如くそうなるだろう、彼の本能はそう感じていた。






 外へ一面銀世界である、降り積もった雪は一体どれ位あるだろうか?とにかく
積もりに積もった雪は自然の象徴の如く辺りを覆い施設のそれとまさに対極である
雪は眩しいばかりに乱反射を起こし外へ出た直後は直視出来ないほどであった。
その中にクッキリと浮かぶ一筋の線、それは軍隊式に直進した証であろうか?
それは残念ながら解からない、無論この雪であるから他に道を作るのを
拒んだと言うものもあるかも知れないが
自然は単体である種の美を映し出す、それに人の手が
入った物を良しとするかしないかは個人の考えである。フィ達もその道に習い
先へと進む、ただ青い空に燦然と輝く太陽その光が雪を輝かせていた。

 そう長く進まないうちに一向は多少広がった場所へ出たここで教練を受けると思われる
人全てが同じ様で直立不動としか言い表せない姿勢で待機しているのが解かる。
まだ少しだけ時間があるようだ、急ぎつつ慎重に列に加わり姿勢を正す。
キナの何気ない指示のお陰でうまくルーンの横に並ぶ事が出来た。

「遅かったのね」

 真っ直ぐ前を見ながらそう呼びかけれた

「まぁね」

 何故か照れながらルーンの方を向こうとすると教官の将兵と目が合ってしまった
慌てて視線を反らし姿勢を正す。


「休め」

 将兵がそう言うが早いが一人を除いて全員が休めの姿勢をとる遅れたのは勿論フィだ
前の兵を見習いそれに合わせる、幸いお咎めは無いようだ。


「Aまで10分、その後ACを25分一往復で4本、課徴分は通常通りパートナーが補う事、以上」

 笛をピッと鳴らしたのが合図のようで各々のペースで所定の位置から
昨日見た浜の方へ駈けていった、私はとりあえずルーンの後に続く
ジャミル君とキナ君は・・・もう大分先行ってるみたい、
ACって言うのがあの海の中まであったら嫌だなぁ、寒そうだし
それにただでさえ風が体を切ってかなり寒い昨日は然程感じなかったが
こうして雪の中へ出てみると少しの風でも雪が舞って体を襲う
長袖長ズボンではあるけどやっぱり寒い物は寒い。


 そう言ってる間にも確実にルーンとの差は広がっていった本人は
追いついている気かも知れないが逆に離されているのは誰の目からも
あきらかであった。フィの体力は決して少ないとは言い切れないが
身体能力のそれにはルーンに分が上がったようだ、もう大分離れてから
慌ててダッシュをかけて何とか追いつく。だがまだA地点にも達していない時点で
これとはハッキリ言って大問題である。

 
 その調子で暫く行くと、雪に埋もれた中から半分ほど埋まった
赤いポールの先端のような球状の物が確認出来、それぞれが息を休め
そしてまた別の方向へ走っていった。既にルーンとの差は歴然とした物であるが
一息をついていてくれたおかげで。なんと追いつく事が出来た。

「ハァ、ハァ・・・・速いね」

「フゥ・・・そうかしら」

 フィの息はもう大分荒い、それに比べルーンと来たら、多少深呼吸はしていたが
もうそんれほど苦にはなっていないようである。

「絶対そう!!!・・・ウッ!」

 息が上がりきっている所で叫べば誰だってそうなるだろう。
それこそルーンでさえ。

「だっ・・・大丈夫?」

 本来ならタッタと走り去るのが筋(?)かも知れないが彼女も人の子
それ位の人情は持ち合わせていた。

「もう、大丈夫ッ!!さぁGO!!」

 勢いづいてサクサク走り出すフィ、やれやれと言った感じで
後に続くルーン、空は相も変わらず薄い雲がうっすらと見えるだけで
何処までも青く広がっている。空を仰ぎながらこの風景が
消えなければ良いと思う。いや多分変わらない、変わるはずが無いと
私は感じた。そんな風に空を見上げながら走っていると
直ぐ横から人が次から次へと抜けていくのが腕に当たる風から
何となく解かった。急ぐ物ではあるけれどもそこまで急ぐ必要はない
そう思い込んだまま流れ行く雲を見つめながら青に浸っていた。

 しかしそうしている内に首が痛くなってきた。当然と言えば当然だけど
ずっと上を見上げるのは結構辛い。自分のポカにポカを入れながら
顔を前に向けなおし根元を手で軽く揉んでみる、成る程確かに首が痛い・・・

 そうしている間になんと全員に抜かれてしまっていた。我ながら信じられない
何時の間にそんな風になったのか、少し前の方でチンタラ走っているのも
いない事は無い、抜かないと何だか不味い雰囲気なのでとりあえず
無い体力をもう少し出して抜きにかかるが横に出ようとした直前足をかけられて
コケる。痛いし何より寒い・・・。ガバッと勢いを雪をパンパンと払い
ケチをつけに向かう。

「ちょっと!!そこっ!!何のつもり!!!」
 
 凄い剣幕で相手に迫る

「・・・・」

 相手の方も足を止める。何処か見た事のある背中である。
大抵こう言うのはパターンが決ってるって言う話、あったら嫌だ
けど・・・。

「ジャミルくーん?」

 思い切ってそう呼びかけてみた、案の定それを聞くや否や
猛然と走り出した。勿論まけじと後を追う。

「ごっ・・ごめん、悪かった、悪い、許せぇ!!!」


「ちっとも反省してな〜いッ!!!」

「なんだよっ!!お前が少し軍人としてやっていけるかどうか
試してやっただけじゃないか!!」

「余計なお世話よッ!!!」

 一見すると凄いハイテンションの争いであるが実際はそれ程でもなく
彼女達と離れたグループとの差は殆ど変わっていないのが現状である。


「生憎、とんんでもない場違いな奴だって再確認できただけだったけどな」

「うっ・・・うるさい!!、大体いきなり女の子をコカすなんてどう言う神経
してるのっ!?ジャミル君って変態!?」

「なっ・・・なんだとっ!!この馬鹿女ッ!!!」

「君に言われるほど落ちちゃいないね!!」

 気がつけば片道を終えた先頭集団が2人の横を掠めていく
その少し後ろからキナ、そしてルーンが続いている

「ジャミル!!さっさと走れ!!後がきつくなるのは俺なんだぞ?」


「悪ぃ、このじゃじゃ馬の相手をしてたらついな」


「言い訳は良いからさっさとしろよ」

 すれちがい様にそんな会話を交わし再び別方向へと走り出す。

「おい、フィ後が煩いからさっさと走って終わりにたほうが」

「はいはい、わかってますよ〜っだ、だからこうして君の前を
走ってるんだからね」

 何時の間に回復したのか軽やかに抜き去りながら
後方にジャミルを見据えながら走り去る。それを見て慌てて
追いかけるジャミル、しかし所詮はその場しのぎの一時的な回復
直ぐに追いつかれしょうもないいがみ合いが再び展開される事となった
下らないといえばそれまでだが・・・。そんな事がもう数回繰り返されていた
その間にもその倍近くキナ始め他の訓練生とすれ違った。
結局キナとルーンは普通の人の倍近く、ひょっとしたら倍以上走らされたらしい。


「死んだね、辛すぎだよもうっ・・・あっ」

「ホント底抜けの馬鹿だな」

「世話が焼けるな」

「やれやれ・・・」

 雪野原にペタンと腰を下ろしズブリとめり込んだフィを3人で協力して
引っ張り出す。

「ごめん、ごめん、つい」

「何がついだよったくほんとどうかと思うぜ」

 つっかかるのはやはりジャミル余程気に入らないらしい。

「まぁまぁ、それより次まで時間無いから急ごうぜそれと昼飯も・・・」

「そうね」

 キナの呼びかけに対しいち早く反応しスタスタと先に行ってしまうルーン
その姿を少しの間見送りながら慌てて後を追いかける一行。

 昼食の間に2人からここについての基本的なルールを教えてもらう。
行動は常に2人単位で私の場合はルーンがお互いに対して責任を持ち
不慮の際には連帯して責任を負う事、基本的な講義の種類
機械工学、基礎体力、筆記能力、兵卒能力等等、
昨日貸して貰った手帳状の物は支給物らしくて、いざという時に
迅速な行動がとれるようにとの事、夜間訓練も結構あるらしい
寝ぼけながらとんでもない方向へ移動するジャミル君を
何度も止めたと笑い飛ばしながらキナ君が語ってくれた。
やっぱりここは軍隊なんだなと改めて思う。
それにここはまだしも廊下もかなり寒い、やっぱり冬なのかな
鉄格子が填められた窓からはやはり空も区切れていて何と言ったら良いのか
よく解からないけど寂しさのようなそんな物を覚えた。
 
 昼食を終え他の人と一緒に射撃場へ向かう、中々回数も多いみたいで
無い事の方が少ないらしいと教えて貰った。当然銃何て物を握るのは
初めて出しましてや自分で撃つなんて信じられない。多分撃ったとしても
それは代わらないような気がする。2人に促されるまま分厚い扉を押し
右手に並べられたゴーグルと耳栓を取り奥へと向かう、どうやら今度は
間に合ったようで列の最後尾に加わる。
時間になったのか担当の教官が時計を気にし始める、時間も近いみたいだそして

「敬礼ッ!」

 指示に従い同タイミングで列を正す、完璧な秩序社会である。

「休めッ」
 
 ザッとブーツが降りる音が一瞬の内に沸き立ちそして消えていった。

「火気使用制限無しで3時間、何時も通り一回の射撃で2回撃つ事
これをしなければ間違い無く死ぬぞ、これは間違いないからな。以上、行動開始ッ!」

 言われるが早いが各員がそれぞれに形の異なる銃を持ち出し、射撃を始めた。
しかしこればっかりは素人にはどうにも出来るものでもなく、発砲音に一々
驚きながら辺りをキョロキョロ、そんな事を暫く続けている内に教官の将校が駆け寄ってきた。

「お前、新しく入って来たって言う仕官候補か?」

「はっ、はい」

 顔を覗き込まれおっかなびっくり返事をする。

「そうか、俺はスパウ・ロウ、解かってると思うがこの担当の将兵だ
とりあえず宜しくな?」

「はいっ、私はフィ、フィ・デ・ギレオレって言います、宜しくお願いします」

「おうよっ」

 手をさし伸ばされ笑顔で握手に応じるだがその握力は驚くほど強い
本人は相も変わらず笑ったままだが、痛いなんてもんじゃない。

「先生?。す、少し痛いです」

「わっ、悪ぃ!たまに制御が効かなくなってな」

 ぎこちなく手を離す、ホッと胸を撫で下ろすフィ、
スパウの方も必死である。

「と、とにかくお願いします」
   
「勿論だ、それでだな、とりあえず扱い方を教えるからこっち来いっ」

「はいっ!」

 仕官と言えど人間、やはり男なら女性と話すのは緊張するし少し嬉しい。

「そうだな、これで良いだろう、ほれっ」

 投げられたそれを落としそうになりながら何とかキャッチする。鈍く光るそれは
まさに銃と呼ぶに相応しい物だ。

「まず、安全装置を解除して、次にこうして、弾は入ってないから安心しろよ?」

「あっハイ、良かったぁ、暴発するかと思いました、こうですね」

 教える方も教わる方もしどろみどろしながら準備を進める。

「そう、でこう構える」

「はいっ・・・あっ・・」

 言われた通りの構えを取ったと同時いや実際にはもう少し前、その時から
手が妙に震えだしていて、それがようやく確信になった、ただ原因は全くわからなかった
怖い?確かに銃器を持つのは初めてだし何が起きるか解からないからだと、思う。
受け取ったそれをスパウが構えたポーズを見よう見真似でやってみる。

「大丈夫だよな?」

「えっ、はい大丈夫です。」

「中々、格好になってるな。筋が良いぞ。それじゃあ今カートリッジを渡すから、
装填から撃つまで、まぁ一回やってみろ」

「はいっ」

 寄って来たスパウからカートリッジを受け止め、ふと手を止める。
 カタカタと手が震えている。妙に回りが静かに思えて。自分だけが立っているような感覚
酷く寂しくて、何かを期待している、けど何を?ただ初めての感覚では無い事は確かだった。
目標に対して腕を伸ばそうとするももはやそれさえも叶わないほどだ。脚にまで伝わる
それを抑えなながら、幅を取り何とか体制を取り直す。ここまでして何故?自分でも思った
ここまでする必要は何処にも無いのだ、なのに何故?だがそんな事を思っている間にも
必死に狙いをつけようとしている、反対する体と実行する体、反対する頭と実行する頭
バラバラにほつれあいながらそれでも一つの答えを導き出した。
受け取ったカートリッジを差込、トリガーをスライドさせ、そして第一発目を放った。
 

 軽い空砲音が辺りに響き渡る。無論、他の人の発砲音の方が大きいわけで聞こえたのは他の誰かの
ものかも知れない。ただフィには自分だけの世界の終わりを意味する音であった。

 気が付くと腕はほぼ垂直になっており、どう見ても的を狙って撃ったとは思えないし、当然見えない。
天井には黒ずんだ小さな穴が1つ空いていた。

「まぁ、最初だしこう言う事もあるさ、一回入れてみるか」

「はっ、はい、そうですね」

 自分がどんなポカをしたか自分自身よくわかっていた、ここまで酷いとは
ハッキリ言って自分でも疑いたくなる。やはり場違いすぎるのだろうか、
かと言って逃げ出す事も出来ないからいよいよ悩む。しかし結局選択肢は無いわけで・・・。

「言う事きいてよね」

 弾を装填しながら自分に対してそう呟く、だが手は何の前触れも無く震え出し
自分でも怖くなるほどである、それでも何とか発射体制にする事が出来、
一発目を発射するがまたしても大きく逸れ、どうやら天井に突き刺さったようである。
瞬間から暫く目を閉じていたのでわからなかったのだが、他の人が撃つのをやめて
視線を送っていることでそれとなく解かった、自分で見るだけの勇気は勿論、無い。

「ごっ・・・ごめんなさい!、私・・・」

「気にするなって、見てないで再開しろッ!!、フィ、お前も・・・ほら続けろ」

「はっ、はい」

 その後も何も変わる事無く足元も薬莢と天井の穴が一方的に増えていくと言う有様だった
最初こそ振り向いていた将兵候補ももう見向きもせずに射撃を続けている。何個めかの
カートリッジを装填した時には心身共に疲れきっている状態だった。先ほどとはまた心地が
随分と違う、例えて言うなら喉に刺さった骨のようにこそがましく手を伸ばしても取る事の出来ない
そんな物。額、いや体中汗に浸りながら再び持ち直す、疲労からか脚が大分もたつく、周りをフラッと見て
自分の能力の無さに情けなさを感じる。肩で息をしながら、弾丸を再び解き放つ。腕が上に行く前に
既に上がらなかった、放たれたそれは下へ大きく逸れ目標の僅か前方へ着弾した。

「やっちまったなぁ。しゃあないかっ、固定して撃ってみろ、少しは感覚掴めるだろう」

「解かりました」

 すっかり肩の上がった声で返事をする。自分自身がドンドン悲しくなってくる、呆れ果てるばかりだ
言われるがまま自分の背丈に合わせた銃座に手を乗せるまさかこんな物に世話になるとは思っても
みなかった、まぁこんな物があると言うこと自体驚いたけど、手は相も変わらず震えてはいる
けれど台座の脚も固定したしずれる事はないはず、これでようやく仲間入りする事が出来るかな
自分だけ出来ないって嫌だし寂しい、少しでも追いつかなきゃ。

そう思いながらゆっくりと目標に軽く合わしてみる
そんな感じで何処かで同じような事を経験したような?いつか夢でも見たのかも知れない
とにかく、準備は出来た、何か怖い、けどやらなきゃいけない。

私は銃爪を引いた、その時、何かが浮かんできた。
蒼い空に金色に輝く満月、凍りつくような冷たい風が靡いて頬を、体を撫でている。


 眠りを起こしたのはやはり頬でそれに当った薬莢はもう冷え切っていて冷たい感触を与えていた。
人が駆け寄ってくるのが解かる。きっと先生だ、安堵感に包まれていくのと同時に
寒くなってきた。自分でも怖くなる位、とても寒い。それと違って心臓の波打つスピードは
全く逆を取り高鳴りがより高く、大きくなっていた。怖くなって逃げたくなって
そして、私の意識は再び没していった。