第六話



「失礼致します」

 無機質な声で見るからにガッチリとした扉の向こうへ消える人影
その後姿からもその人物が只者では無いと言う事が解かる。

「何かね用とは?、まぁ座りたまえ」

 執務用の椅子に腰掛けていた人物が人影に声をかけ、彼に向かう形で椅子に腰掛ける。
無機質な声から生じる冷淡さも彼は警戒していない。これは無防備と言うより
信頼からなっているものだと解釈して貰いたい。でなければ彼もこのマスクを
付ける意味はないはずだ。それを確認して、彼は自分のマスクを外し机の脇に置く
成る程その顔は元来から敵意とは無縁の軟らかい顔つきである。

「昨日、我が軍の偵察機が面白いものを見つけましてね」

 そう言いながら手にしている茶封筒を開き、
印刷されえている写真を木で出来た机の上に示す。
先日(とは言っても昨日の晩だが)彼が犠牲を払って手に入れた航空写真である。
幸運にも天気に恵まれ、その日の写真はそれの全景を確かに写し取っていた。


「これをどう考えるか?」

「さぁ・・・」

 彼は焦っていた、自分の立場の事である。仮にも相手は司令長官
彼が下令すればこの街を廃墟にする事など造作もない事
この施設の真実は口外出来ない。
それは彼がこの長官と対面する以前から守ってきた約束である。
もし口外すれば少なくともこの職を追われ政府からも弾圧を受ける。
かと言って彼を失いたくはない、それは彼との付き合いから来る物だった言うなれば情である。
彼はこの時折仮面を纏う奇抜な友人を愛しているし誇りにも思っている
政治的なものではなく私的な関係としてだ。


「これが事実なら明らかに条約違反になるが」

 そう言うのは数年前に交わされた不可侵条約の事である。
戦後この国を独立、最低でも今よりも国政的意見力を持たせる為に
革命軍側が指導をしそれに報いる形で一切の交戦をしないと共に物資の補給を与える。
理不尽に見えるかもしれないが未だに高級官僚に良いように扱われている
この国にとっては朗報そのものであった。その証拠に国民は日に日に教養を蓄え
言いなりにはならないと言う雰囲気に満ちている。無論、表立っては言えないが
この国の大半の人々が革命軍が駐屯してきて何かが変わったと思っている。
それが良い意味を指すと言う事は言うまでも無い。
事実上この国が占領下にあると言う前提になっているにも関わらずだ。

「まさか・・・恐らくテロリスト集団でしょう」
 
 とっさに出た言葉。今中央部から蹴落とされるのは何としても避けたいし
彼等と戦う事も避けたかった、つまり身内を第3者に仕立て上げたのだ
自分とは何の関係も無い。問い詰められれば革命軍の秘密基地とでも言えば良い
2枚舌とはこのような事を指すのだろう。
 だが彼にしてみればこれこそが望んでいた答えなのだ。

「了解しました、本当に関係無いと?」

「無論だ」

「その言葉を聞いて安心しましたよ」


 優しい笑顔を浮かべながら会談を続ける。この会談が影響してくるのはまだ、先の事である。
彼の瞳は未だ開かれていない。























 あれから幾許の月日が流れただろうか、全くの異郷の地でカレンダーも無い中
今が何月何日であるかを知るのは不可能だった。

 月日が経てば自然に慣れていく、それがどんな事でも解かっている今やっているのは
人殺しの訓練だと言う事も、自分が戦場に立つ事になると言うその漠然とした
目的の為に今日もこうして生きている。およそ自分には想像もつかなかった世界
その世界がもう日常となっている。最初は恐怖だけで触れる事も出来なかった
事もあの時に比べると随分と出切るようになった、なってしまった。
それと同時に自分が罪に染まっていくのが実感できた。
それでも銃だけは撃たなかった、撃てなかった。
あの後、何度か撃った後に別のカリキュラムを言い渡された。
 何度もお父さまの教えを忘れようとしたか、思う事の無い日なんか無かったと言うのが本当
それを忘れればずっと楽になれる。何度もそうしようとした。

『人を殺すのは悪である』

今は戦争中なんだよ?そんな事を言っていたら自分が殺される
そんな馬鹿げた事、今まではそれでも良かったかも知れない、けど今はもう違う場所
遠い場所じゃない、もう目の前まで来ている。
けれど今まで私が願っていた事とは違う1つの願いが確実に大きくなって来ている。


早く戦争が終わりますように、


どうか、どうか、


これ以上私を戦火へ近付けさせないで下さい。


それでも、私は戦場へ行く、行かなければならない。
相反する思いを抱いて私は今日も生きていく。








「フィの調子はどうなんだ?」

「今は講義中です・・・」

 的に向かって寸分も狂わぬ正確な射撃をひたすら続けている。
後ろの壁にも確かにその痕跡が残っている。何度も何度も何度も銃弾が当たったその傷跡が。

「そうだったな、10分休憩だ各自休憩するように」

 これで良いだろっと言ってベンチに腰掛けるスパウにはにかんだ顔で応じ
隣の席に座るルーン。

「で、どうなんだ」

「彼女は元気です」 

「それは良かったな」

 機械化された腕をしきりに動かしながら嬉しそうに答える
確かに自分の授業中にイキナリ倒れた生徒を心配しないというのも変な話しである。

「俺としても気にはなってるんだが、何せ管轄が分かれててな詳細を知ってるのはDr達
だけなんだよなぁ。知り合いはいるがどうにも話し難くて」

「そうですか、それと先生・・・・?」

「んっ・・なんだ?」
  ターゲット
「あの目標は以前に撃った気がするのですが?」

「そんな事は無いと思うけど、それがどうかしたのか?」

「いえ、何でもありません」









「距離150、敵機3フィ突撃用意」

「了解ッ、いっくよぉ!!」

 言うが早いが敵機に向かって猛然と単身突入を仕掛ける。

「援護射撃用意」

 指揮を担当しているのはキナだ、彼の指揮能力の高さは
かなりのものだ。

「了解」

「時間合わせ、3・・・2・・1、撃てッ!」

 敵の退路を塞ぐように連続射撃を行うはルーン機。

「俺の出番は!?」

「待てよ、ジャミルそんな大部隊が来てる訳でもないんだ
現状待機」

「もうっ、自分の出番が無いからって悔しがるもんじゃないよ
ジャミル君?」

 敵機を上から一刀両断しながら通信を入れる。
彼が乗っているのは長距離支援機、従ってそうそう出番が来るもんでもない。

「煩い!お前が居る席には俺が座る筈だったんだよ
お前が撃てない撃てないって泣き付くから、仕方なくそうなったんだからな!」

「お前、お前って私はフィよ!」

「任務中よ、黙って」

「ハイ・・・」

 ドスを聞かせた声で二人を封殺する。

「やれやれ、高度1400に敵機7、出番だぞジャミル」

「そう来なくっちゃな」

「散開させるだけで良い、撃墜は考えるな」

「了解ッと、見てろよぉ」

 カーソルを合わせ、引金を目一杯引く
思わぬ距離からの攻撃に、1機が巻き込まれて爆発を起こす。
残った機体もそれを確認し攻撃を仕掛けてくる。

「チッ、この機体で何処までやれるか、各機、いやルーン機援護を頼む」

「了解」

「何で俺には出さないんだよ」

「巻き込まれたら大変だろう!?」

「何を冗談言ってるんだ、当たらないように回避するのも腕ってもんだろう」

「馬鹿言うな!今でさえ手一杯なんだぞお前の相手なんかしてられるかよ」

「そんな事言ってるから撃墜数が伸びないんだよ、墜ちろっ!!」

 誰に言っているのやら

「駄目・・・」

 案の定彼女の予想は正しく、2機の撃墜と引き換えにキナ機は撃墜され
黒煙を吐きながら、地上へと消えていった。

「キナ君ッ!?キャッ左が」

 気をとられてる隙に左脚がサーベルによって両断される。
バランスを崩し転倒するフィ機。

「チッ・・・」

 一機一機それぞれに正確な射撃を繰り返し一機一機と数を重ねて行くが
航空機からの爆撃にはそう長くは耐えられず、徐々に損傷が激しくなってくる。
それでも何とか全機撃墜に成功する。
 

 アラート音が鳴り響き、各々のコックピット部分がゆっくりと開いていく。

キナは勿論怒り心頭
ジャミルは責任転嫁に終始し
フィはその煽てに入り、逆切れを起こし
ルーンはヘルメットを傍らに置き1人タラップに腰掛け一息ついている。

「喧嘩はそこまでにして、整列して頂戴、訓練とは言えもう少し緊張が必要ね?」

 操縦担当の士官ルチル・リリアントがこれまた呆れ顔で4人を整列させる。

「まずは任務中の死語は禁止、これはよくよくわかっておいてね。特にジャミル一等兵?」

「解かりました」

「何を照れてるんだか、これだから男は」

 恥かしさからか、かぁーっと赤くなってしまっているジャミルにまた余計な節介を入れる。

「黙れよ」
 
「何よっ」 

「はいはい、そこまで、次だけど、フィ一等兵に関して言えば万が一にも
寮機が撃墜されても振り向かない事、突撃担当に後ろを顧みる事は不用よ」

「解かりました」

 仲間を信じろという事でもある、一見カッコ良いが、時には仲間を見捨てろという
2面性をも持っている言葉である。

「キナ、ルーン一等兵に関して言えば今の所特に問題無し、かな
両名とも現状では臨機応変に対応できるように。以上」

「了解ッ」

「では、今日より戦闘訓練においてあなた達と合流する、レナ・メテオ兵長を紹介します。
入って来て頂戴」

「失礼します」

 凛とした紅い髪がその目を奪う、その容姿からフィ達よりまだ年はいかない事がわかる。
だがその姿勢や機敏な態度にその経験の差が現れている。

「本日より、合流致します、レナ・メテオです。」

 キリリとした敬礼で短い挨拶を締める。フィ達もそれに習い敬礼を返す。
この作業にも慣れてきてしまったのか形も馬鹿にならない。

「レナ兵長には中距離攻撃機の運用にあたって貰います」

「ハイッ」

 上空警戒の担当のキナが挙手する。彼も位置的にはほぼ中距離を
見る事になっているからだろう。

「キナ一等兵、発言を許可します」

 一礼してから発言に入る。

「私。いえ、自分の任と何処が違うのでしょうか?」

「はい、キナ一等兵の機体は主に索敵、支援用の物ですが
レナ兵長が操る機体はより攻撃的な側面を持っているの。
現状では、航空戦力としての機動性を活かし、フィ、ジャミル両一等兵の
サポートも兼ねる事が期待できるの。これで良いかしらね?」

「はい、ありがとうございました」

「他に何か質問は?」

「特に無いようね、それじゃあ今から10分後に14番ルートに集合して下さい。
防衛訓練を行います、詳細は現地にて行いますので、では。解散ッ」

「ねぇ、ねぇ、今何歳なの?教えてよッ」

 ルチルが去ったのを確認してからフィがレナに質問の嵐を仕掛ける。
個人的な事は跳ね返されるのが関の山、よってこの時間を待っていたに違いない」

「何で言わなきゃいけないの?」

 と軽くあしらわれる。それでも諦めないフィに12と自分の年齢だけ
サラッと言って目的地へと行ってしまう。

「私より年下なのに凄いね」

「別に凄いってもんでも無いだろう?俺だって14だし、大してかわりゃしねぇよ」

「まっ、そう言う事だな。大人にしてみればジャミルにしろ、俺にしろ、
レナにしても子供だし同じ事」

「そりゃあそうかも知れないけど、けど何かなぁ」

「グダグダ煩い奴だなぁ、ほらルーンもう移動してるぞ、早く行こうぜ」

「あっ、ちょっと待ってよ!」

 スタスタと先を急ぐルーンに追いつこうと走り出す3人であった。

  地下へ伸びるエレベーターの中、この存在を知ったのもつい最近の事だ。
日常が新しい発見の連続、けれどもう興醒めして来ている、もうたくさん。

 時間より少し前に到着し直立状態で教官である、ルチルを待つ、
その様子を遠目で見て慌てて走りよってくるルチル、手にしている二の腕ほども有る
大きなファイルが突っかかっているのか多少よろけての登場だったが。

「は、はい。全員定刻どうりですね、では概要を説明しますから」

 直って良いわよ、と慌てて言ってから今日の訓練の内容を説明を始めた。


「今日の野外訓練内容は拠点、つまりここを防衛する時の物です、本来はさっきのシミュレーターで使用した
機体を用いるんですが、OSの調整に後3日程かかるとの事なので今回はドートレスで行います。
尚、レナ、キナ両名についても同様の処置をとり、今回はドートレス・ヴォラーで出撃します。
概要についてはここまで、何か質問は?」



「無いみたいだから、具体的な動きの説明に入るわね。手持ちのモバイルの地図を見て貰えるかしら
今回は敵が北側より攻めてきた場合を想定してます、南側については水が張ってある関係で侵入は困難と言う
地理的要因によります、敵さんがそこまでのってくれるかはわからないけどね。
よって、山岳方向から来る敵を迎撃する事になります。
敵の位置をこちらからキナ一等兵に通告、その情報を元に動いて貰います。
あくまで訓練だから本当の敵はいないけど、変わりにパイロンが埋め込まれていますからそれを
敵だと思って攻撃してください。以上ですが質問は?」

 質問があるか訪ねてしまうのが彼女の癖のようである。いざ実戦となれば
質問などしていられる筈が無い。

「はい、では訓練に移ります。各自用意してください」

 その指示を合図に、レナとキナは再びエレベーターの方へ向かい、残った3人は
ハンガーに取り付けられているドートレスにそれぞれ乗り込む。こうして実際にMSに乗り込むのは
今日が初めてと言うことになる。今の今まではずっとシミュレーターだ。

「何か、緊張するね。上に上るんでしょ?」

「蟻が働きに出るのと同じ事よ」

「ちょっと違う気もするんだがなぁ」

 
「はいはい、もう時間だからそこまでにしておいてね」

 ルチルからの通信が入りカウントが近いことを示す。

「了解」

 
「では、2人が発進したのを確認してから出撃に入りますので 
もう暫く待っててくださいね」


「離陸を確認しましたので出撃します、カウントダウン60、59、58―」


 カウントダウンは聞こえているような聞こえていないような不思議な気分
カウントが終わるときも、天板から来る陽が徐々に視界を覆って行き
その中を通るレールをゆにっくりと上る時も、そしてガクンと言う響きを残して
地上へ出たときの何ともいえない感覚。それは、まるで夢から現実へ強引に連れ戻されたような
そんな感覚









 
「では、訓練はここまで、中々の首尾だったわよ。帰還して頂戴」


 何も起こる筈の無い訓練で、やはりそれは何も起こる事無く終わった。
これが日常、戦闘が起きれば非日常へと変貌し、それが続けばそれが日常となり
戦争が終わればそれが非日常となり、そして日常となる。


「行動的には問題なかったけど、フィ一等兵時々動きが緩慢になっていました
気持ちは解かりますが」


「解かっています、だから、せめて」

 せめて、今は―

「解かっているのなら良いの、余計な事は考え込まないで
考えてもどうにもならない事も、いえ良いからそこだけよ、良いかしら?」

「はい、解かりました」

「では、解散。お疲れ様でした」

 こうして今日も1日が終わって、その夜

「ねぇルーン、入っても良い?」

 ええと言う返事が聞こえてきたので隣の部屋へのドアを開く。
彼女は右手に本を持ち左手で膝の上に乗せたキャシーを撫でている
入って来た事を目で軽く折って確認すると再び作業に戻る。

「お疲れ様」

 珍しく先に切り出したのはルーンの方であった

「ありがと、猫さんかして?」

 黙って手を差し出すもキャシーは全く動く様子も無くフィの顔を
不満で満たすだけである。

「わかってるならやらないでよねっ」

 元が短い所為もあるのだろうが怒り気味である。

「そう言うって事は解かってたんでしょう?」

 フィも理詰めは苦手な方ではない、親譲りと言うのが良い
だが、それは感情的な物で、いや彼女の親はそうでは無かったが彼女はまだ若すぎるのだ
それ故、感情の間を縫うルーンの方がより強いと言えるだろう
ルーンのようなタイプの場合自分から仕掛ける事は無いので印象が全く違ってくる。

「だからってぇ・・・酷いじゃない」

「人間、皆酷くて残酷よ」

「そんな事・・・」

「無いとは言えないわよね、だって」

「言わないで」

「大丈夫、今やっている事にしても
これからやろうとしている事もあなたは悪くない」

「じゃあ誰が悪いの?」

「誰も悪くない、時代がそれを望んだだけ」

「それって責任転嫁じゃないの?」

「そうかもね、けどそうでも思わないと」

「変なの。けど、ありがとう」



「あーあ、何時までこんな事やってるんだろうな」

「明日は水中訓練、その次は緊急脱出、宙間戦闘訓練、
何時になれば終わるの?」

「こんな事をしてる」

 何時かと同じように彼女がソッと制す
言って何が変わる?哀しくなるからやめて
目がそう言っているようにフィには見えた。

「お風呂浴びてくるね、一緒に来る?」

「私は良いわ、ちょっと用があるから」

「そっか・・・、あのさ私、飛べるんだよね?」

 唐突にそんな説明を始める彼女を不思議そうな顔をするが
彼女は更に続ける。

「緊急脱出って空の上でやるんでしょう、だったら私飛べるよね
あの青い空にさ、一度で良いから飛んでみたかったんだ」

「空はあなたの思っているほど」

 それを今度はフィが制す。

「それでも、飛べるんだし。
宇宙の人は宇宙が空なんだよね?地球の空はどう見えるんだろう」

 急に懐かしいような、或いは過去の鎖をひきづっている顔か
ただこの時は懐かしさを覚えた顔でいる。

「そうね。今度、宇宙から来た人に聞いてみてよ」

 誰だろう?と不思議そうな表情を浮かべるフィであったが
少し考えた顔をした後本来の目的を急に思い出す。

「いけないっ、私お風呂入らなきゃ!!えっと来ないんだっけ?
それじゃあ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 バタバタと言う事だけ言って撤収してしてしまう、
扉が閉まるのを確認して深い溜息一つ。

 その数秒後今度はドアをノックする音が聞こえる。
入ってとドアのロックを解除するとジャミルとキナが立っている
これから今日の反省会、何も今回が初めてではないフィが参加していないは
参加しようとしないわけではなく、都合よく彼女がいなくなってしまうからである。
レナについて言えば彼らとは棟が違うし言わなくてもわかっているような
ムードが漂っている所為である。

「いつもいつも悪いな、部屋貸してもらって」

「気にしないで」

 と言うのも彼等の部屋はまるで人が入れるのを拒むほど散かっているからである。
物の数は多くないがとにかく凄いのでこの部屋、と言うのは建前で彼らが
数少ない異性に何かしら興味を抱いているのも事実である。
拒む理由も無いと言う事で彼女もそれを受け入れている。

「またさそわなかったの?」

「断られたら面倒でしょ」

 成る程、あのお転婆娘なら面倒臭いの一言で突っぱねられてもおかしくない。

「それもそうか、あんまりやかましくっても困るしな」

「それは言えてる、お前とは相性が良いみたいだしな、ジャミル?」

「そんなわけあるか」

「まっ、直ぐにわかる事さ、じゃあ始めようか」

「そうね」







 1人、湯船の中に体を浸しながら自分が今何をしているのかを考える自分
人殺しの練習?悪くない?それが理由になるの?
けど、誰かがやらなきゃ行けない。結局私は逃げてるだけなの?
どうすれば、どうしなきゃ行けない?手を染める、それとも手を染まらせる?
みなも
もう一度水面を見つめながら自分で深く考える。だが答えは一向に出そうに無い
このまま終わるのだろうか、それとも見つけられるのだろうか。


 そんな事を考えている内にスッカリのぼせてしまって、奇妙な千鳥足で
部屋へと戻って行く。視線がクラクラして定まらない、こんな所をジャミル君にでも
見られたら一生の恥、誰も来ないで!









 記憶がハッキリしない。朝日が差し込んでいるからもう朝、あの後何が起こったんだろう
ちゃんと自分のベッドに居る、意識も無いのに歩き出す事なんてとても無理、きっと誰かが
助けてくれたんだ、ルーンかな?
それより水中訓練、どんな事をやるんだろう。

 
 何時ものようにうすーいスープとパンの朝食、最近何となく材料の質が落ちているような
以前までの普通の生活が恋しいせいかも知れないけど。








「はい、では今日は水中訓練です、聞いた事はあると思うけど水中での運用は宇宙面での
運用に繋がる部分も少なからずあるので心して行うようにしてください」

 地下格納庫、それも海岸もっとも近い場所である、水陸両用MS搬入口と言った所か
今日もルチル先生は元気だ、どうしてそんなに元気でいられるんだろう。

「昨日も言ったようにまだ「G」は稼動段階にありません、今回は慣らし程度に考えておいた方が無難ね
全く技術班も何をやっているのかしらねぇ?」

 半ば疲れた表情で愚痴をこぼし始める、問い掛けるような口調からして相当激しい
やりとりがあって結局負けたようだ、憂さ晴らし?

「まぁ、そう言う事だから今回はドーシートを使用します。3は出払ってるらしいの
全く絶対機体数も確保できないなんてどうなってるのかしらねぇ?」

 そんな事言われても、一体どうしろって?

「愚痴が過ぎたわね、それでは各員乗り込んでください」

 それぞれ自分の機体へ乗り込んでいく、一機だけ許可が下りたのだろう
ルチルがドーシート3に搭乗しそのまま彼女を戦闘に出撃する。

「慣らし程度に考えてね、まずは姿勢制御から始めて―」

 これが宇宙の感覚なのかな、水の中の感覚は地上とは全然違う
コックピットハッチに耳をあてると水の音が聞こえそうだし
妙な気分の落ち着きを感じる。これが水の中にいるって事なんだ。
宇宙もこんな感じなのかな。

「慣れてきたかしら?ではこれより実地訓練に移ります。
まずはモーションセンサー魚雷を発射しますから回避して下さい
撃墜も可とします、当たっても一時的に機能不全がが発生するだけなので
怖がらずにそれでは始めます」

 急に機影が消える、上昇して行く。そして水面ギリギリで気泡が見える
魚雷が発射されたのである。青い水の中で白い泡を吐きながら接近してくるそれは
兵器とはとても形容し難い美しさを持っていた。

「撃墜は出来ないから、逃げるッ!!」

 言うは良いけど私って本当にダメだ、最初っから向かっていけないなんて
他の皆とは違う、きっと1番最初に殺される、それも良いかな。
人殺しになるよりは。けれどそうなったら皆はどうなる?
スロットルを引いて先生の機体へ一直線へ突撃する。
舵が重い、宇宙だと敏感になるのかな。それでも魚雷を接触面ギリギリで避けて
直進を続ける。中央センサーがピピピと甲高い音を立てて補足を堰きたてる
クローで殴りかかる姿勢を作る、と。


 眼前に気泡が発生し機能停止を告げるブザーが鳴り響いた。


「フィ2等兵は終了です、暫くその場に待機」

 先程とは声質が全然違う、心はもう戦場にいるんだ私なんかとは全然違う。







 結局レナが最後まで残ったがルチルを撃墜する事は無理だった、何度やっても結果は同じ。

「今日はここまで、では帰投姿勢に入って下さい」

 機体が少し接触したがそれ以外は何も無く
無事にタラップを降りるが出来た。

「では、本日の反省会を始めるわね」

 金色の髪を手でサラッと撫でながらまだ湿った床に足をつけた彼女は
既に普段の彼女でそして今日も普通に日常が過ぎていく、と。

「それと、フィ二等兵はここの掃除を命じます。もっと反省して下さい
私も教え子を失うのは嫌ですから」

「はい、わかりました」

「釈然としない返事ねぇ、まぁ頑張って、それでは解散」

 取り残され、その背中には哀愁が漂う、やがて堪忍したのか
掃除を一人始める。結局夕食には終了ギリギリ間に合った状態
当然詰め込む事になったのでお腹が痛い。


「今日も疲れたねぇ、ルーン?」

 今日も彼女の部屋に居座りもがもがと歯を磨いている。
その横で当人も洗面の真っ最中だ。

「そうかしら?」

 含んでいた水を吐き出しサラリとそう言って自分のベッドへ腰掛ける。
暫く歯を磨いていたフィもやがてその右へ座る。気が付くとルーンの
膝元にはキャシーがちょこんと休息している。

「はぁーぁ、何か苦労してるよねぇ私」

「自虐論ならやめておいて?」

「ジギャクロン?そんなんじゃないよぉ、ただのグチグチ
聞き流しといてよ」

「そんなのバッカリ」

「ゴメン、ゴメン。独り言はやめろって言われてたんだけどね」

「ごもっとも」

「耳が痛いね。けど、やっぱ身につかなくて」

 軽くドアを叩く音がかすかに耳に入る

「そうね、親子であっても人は違う物だから、お客さんが来たみたい。
席を外す?」

「どうしよっかなぁ、私が邪魔になるなら帰るけど」

「だそうよ、どうする?」

「それでは、悪いが退席してくれ」

 声色を変えたジャミルがドア越しにさも上官風に
話し掛ける。その横ではキナが笑いこける1歩手前だ。

「何処かで聞いた事のあるような声かなぁ?」

 帰った事にしててね、そう小さく耳打ちすると隣接するドアを
開閉する音を立て、自らはルーン側のドアの横に潜む。
妙な所で訓練が焼くに立つ、この場合は気配を消す術といった具合にである。

「やっと帰った、邪魔んだよな全く。おじゃましまーす」

 油断しきった彼を襲った彼女のその後の攻撃は想像を越えていた。
元々物が少ない部屋であるがその全てが飛び交ったと言っても過言ではない。
その惨劇の少し前に本人は部屋を移した為、彼女の逆鱗に触れる事は無かったが
相当危ない線をひたすら直進していた。しかし段々満更でもなくなってきたと感じたキナが
何とか場を制し事なきを得る事が出来た。
それにしてもキナの尽力にも関わらず今の所彼らには僅かな進展しか見る事が出来ない。
彼の苦労の日々ははまだ続く気配である。












「おはよう〜、ルーン。昨日はごめんねぇ」

 大きく跳ね上がった髪が昨日の面影をまだ少し残している。
それにパシャパシャと勢いよく水をつけてパパっとまとめて行く、
今日は待ちに待った日、フライトは早朝であるので今は午前の4時、
にも関わらず彼女は意気揚揚としている。

「例え仮初めでも処女飛行の朝には変わりないんだから、一杯楽しまなくちゃね
空が紅に染まる前に、ね?」

「ええ」