「どうしてここにいるの?」  一人の女の子が小さな二人の兄弟に聞きました。 「僕には力があるんだ」  一人の男の子が答えました。 「僕にも普通の人には無い力があるんだ」   もう一人の男の子が答えました。 「力を持ってて嬉しい?」  女の子が聞きかえしました。 「うん!この力を使って皆の役に立つんだ」 「世界を、もっと、もっと良くする、そうだよね、お兄ちゃん」  2人はそれぞれそう答えました。 「そっか、私もそう思えるようになりたいな」  兄弟に呟くように、自分に対して言うように その女の子は小さくそう言いました。

第八話









 
 複数ある医務室の一つ。その一コマ。

「これを、先生に返しに来ました」

 呼ぶ方はフィ・デ・ギレオレ、呼ばれた方は、タカアキ・コバヤシである。

「今更返しに来るとは何かあったのかね?」

 と言うのも今彼が持っているモバイルが本来彼女の物だからである。
ここに来て直後にタカアキから貸して貰ったモバイルを彼女がそのまま使っているのである。
そして彼女の部屋にあったものを彼が使っている。
一度戻そうかと尋ねてみたが無理に帰ることは無いとそのままになっていたのである。

「えっと、そろそろ返しておいた方が良いと思って」

 そう言うとデスクにより、偶然出会った彼が残したメッセージを見せる。
メッセージとは言ってもただ数字の羅列が続く暗号のような物だったが
その暗号めいた物を見るなり、彼の態度が僅かであるが変化を見せる。

「うむ。ではそうするとしよう」

 彼は交換に応じた

「コーヒーでも飲んでいくかい?」

 ベッドを整理していたテクスが尋ねる。

「私、コーヒーはちょっと」

 途端に青い顔をして飲むのを拒否するフィ。
昔大人ぶって飲んだ時の味が忘れられずに今に至っているのである。

「そうか、では紅茶は?」

「はい!、紅茶なら!」

 こうして、タカアキも加わり、3人での数少ない(一応)休日の午後は過ぎていくのである。


 彼女が帰った後。モバイルを操作していた彼の手が休まり
相方に声をかける。

「テクス君、すまないがスパウ君に連絡を入れてくれないかな、
あそこまでは時間が掛かるが出向いて貰いたい」

 いきなりの問いに彼は多少の戸惑いを見せる。
彼の待機所まで歩くのが嫌だったからである。 

「何故ですか?」
 
 そう聞かれると彼は手元にあった白紙のカルテに


『盗聴されると面倒だからだ、口裏を合せろ』と、書いた。


「余り言いたくなかったのだが、彼の義手についてメンテナンスをしたくてな」

 医師である彼が全自動の義手に関わるというのも変な話であるが
身体とのバランスや神経系統チェックはやはり人間の手のほうが融通が利くし
自信の評価も高いと言う訳で義手開発に参加していたのである。

「成る程、如何にも先生らしい」

 苦笑しながら、『解かりました』と紙の上に書く。
その間合いは普通の会話と殆ど変わらない調子で行われた。

「そう言う事でしたら、早速行って来ますよ」

「すまんな、頼む」

 タカアキが行ったのを確認してから今書いた紙をビリビリに破り捨てる。
この場所なら盗聴も最低限で済むし、紙にも事足りる事は無い。
そう言えば備品要の紙の配給が此の頃妙に少ない。これで済めば良いが。

 立ち上がって1つの薬品庫を見る、この棚には精神興奮剤・精神安定剤の類がギッシリと収まっている。
自分が徹底的に使わなかった所為でこんなに溜まってしまったのである。
たまに精神安定剤は需要がある物も前者はサッパリだ。出撃自体が少ないというのもあるが
言わば突撃薬であるこれらを与える事を躊躇しているのだ。

 自分が見た生徒の顔を数人思い浮かべる、やはり最初に浮かんでくるのはリトである。

彼は頭が良かった。
彼は戦闘能力が高かった。
彼は優しかった、優し過ぎたのだ。
 
 皮肉にも彼は自分用に改造されたMSを使って脱走した。
更にこれを教訓としてジャマー機能を複数付けた機体は製作されていない。
ステルス・工学迷彩・廃熱調整機構等の考えられる全ての撹乱機構を搭載したそれは
「タイド」と名付けられた、潮流と言う意味である。連邦はこれがMSn一つの革新になるという
彼は今何処で何をしているのか、知る術は無い。
ただ、彼は優しくあり続けているようだ。


 やがて、テクスが1人の大柄な男を連れて帰ってきた。スパウである。
タカアキがしまったと言う顔をしながら白紙のカルテを取り出す。

「先生、連れて来ました」

「有難う、2人とも、いやテクス君には席を外して貰おうかな」

「わかりました、ごゆっくり」

 そう言って隣の自分の部屋へと消えていった。

「で、なんなんだい?用事とは」

「ああ、ちょっとな、右腕を出してくれ」

 右腕で義手を診察するふりをしながら、左手で

『リトが帰ってくる、ありったけの弾薬を用意してくれ』 と器用に書いた。
武器の事は武器番に言うに限る、上手い具合に利用しているのである。
それでも彼の言う事に従っているのはそれだけスパウが彼に感謝している事の表れでもある。

「ちょ、ちょい、待て!」

 信じられないという顔だった。彼が帰ってくる?そんな馬鹿な。

「冗談はもう少し上手にやってくれよ。何処も悪くないだろう?」

「今、調べているんだ。ちょっと待っててくれないかね」

『間違いない、どんな手で来るか知らんが。とにかく頼む』

『そうか、解かった。出切るだけの手を尽くしてみる』

「不味いな、やはり神経系に異常が、緊急とは言わないが出切るだけ早く見た方が良いな」

 有りもしない異常をまるで事実のように淡々と言う。
スパウがタカアキを信頼しているのは、一重にミスの無い完成された医療である。
無論、完成するまでは治療室から一歩たりとも出れないと言うのもその技術の要因であるが。

「おいおい、ボケてきちまったのかよ?」

「滅多な事を言うもんじゃないぞ、とにかく出切るだけ早く来てくれ」

「わかったよ。今日、明日中に又来る。じゃあな、じいさん」

「まだ若いわい」






「プランは大体こんなものかな、カイナはどう思う?」

 間延びした声が艦長室に響いている。

「大体、こんなものでしょうね。各部隊指示は私がやりますので」

 カイナと呼ばれた副官が作戦要項書を捲りながら彼に答える。

「任せるよ、君の方が戦術面では優れているからね」

 指揮官である彼が態々作戦を立てるというのは多少変な気がするが
それは元々彼が作戦立案者として士官学校を卒業した為であろう、
その能力は「戦略家」としての位置付けが大きい。
その作戦立案者が何故この椅子に座るに至ったかを語るのは別の時にしよう。
ただ、カイナが絡んでいるのは間違いない。
そして『元』指揮官である彼の能力は個々の部隊指揮に秀でている
それは「戦術家」の力である。

 戦略と戦術、似ているようであるが前者は全体であり、後者は個々である。

「リト・テイーニ君は?」

「もう着いておりますよ、今の時間は外でしょうかね」

「成る程、夕暮れ時だしね。ここの夕陽は何時見ても綺麗だしね」

「私はもう飽きましたよ」

「風情が無いね」

「言わないで下さい、よく言われまてますので」

「ごめん、悪かったよ」

 全く悪びれる様子も無くヴェントはそう言った。



 幾つもの戦艦と幾多のMSが長い影を落としている。
その中にはこの夕暮れを見ようと外に出てきた仕官・将校も少なからずいる。
そして、リトもその中にいた。

「こんばんは?あれ、こんにちはって言うんですか?」

 一人で勝手に混乱しながら薄い紫の髪をした少女が話し掛けてきた
見ると両手で直系30cm程の銀球を抱えている。

「そうだね、こんにちはで良いんじゃないかな?」

 変わった女の人だと思いつつ、そのように答えた。

「そうですよね、じゃあこんにちは!私リーア、リーア・サングって言います!!」

 そう元気良く自己紹介した。

「こんにちは、私はリト・テイーニ、訳ありでこの艦にいるんだ」

「知ってますよ〜、あの黒いMSの人ですよね。私色々調べてみたんですから!」

「そうか、だが気を付けないと自爆するかも知れないぞ」

 これも脱走防止兼機密保持のためである、もし機体が敵軍に渡っても
その内部構造を分析しようとすれば即座に自爆する。周囲には恐らく何も残るまい
勿論リト自身解除の方法が解からないので奪取して以来、自分以外は触った事がない。
ついでに逆探知機能もついているがこれも作動電波に引っ掛からなければ起動しないので
電波妨害をかけている今の状態では一応平気である


「はい、大丈夫ですよ。欲しい所は全部貰ったので」

「冗談が上手だ、出切るのかい?」

「勿論です!、その為のアイギなんですからね」 

 そう言って両手に抱えたそれをぐっと目の前に突き出す。
銀色の球体には十字に溝が彫ってありその上をエメラルドグリーン色の
モノアイがカシャカシャと変な音を立てながら動いている。ハッキリ言って余り良い趣味ではない。
他にもモールドが幾つか見えるがその機構を窺い知る事は出来ない。

「へぇ、君が作ったのかい?」

「ううん、スクラップになってたのをお父さんから貰って、お兄ちゃんに教わりながら
プログラミングしなおしたの」

 ちょっと照れながらそう経緯を説明する、今の年でも家族を思っているのが
少し恥ずかしいのかもしれない。

「これは、凄いな。君のパートナーなのかい?」

「ありがとうございます。そう、私の大事なパートナーなんです!」

 そう自信をもって答える彼女。
暫くこの夕陽について、アイギの事について言葉を交わした。
お互いの事は話さなかった。






「しかし、わからないな」

 中に多量の武器を隠したトランクを持って医務室へ入室して来たスパウが言った。

「私にも解からんよ」

 紅茶を沸かしながらタカアキも応じる。

「だが、それが彼が決めたたった一つの冴えたやり方だと言う事だ」








「君はどうして革命軍に加わる決意を?」

 戻って革命軍まほろば級戦艦イザナギの艦長室である。

「私もよく解からない、ただ一人では来なかったと思う、仲間を匿うにはこうするのが
一番だと思ったよ」

「そう、僕は嘘はつかない主義だから約束通り仲間の安全は保障するよ。結構役に立ってくれてるしね」

 40何人の仲間である、だが何れのメンバーもスペシャリスト。
特にトラップの作り方に関しては右に出る物は無い、何せジャングルで戦ってきたのだ。

「感謝する」

「こちらこそ、で本心を聞きたいな。今回の作戦、君もある程度は予想出来たんだろう?
持ちこまれた情報が何を意味するか位は」

「無論だ、君達が欲していたデータ全てを渡した」

 全てタイドから抽出した物である、戦略性の大きいこの機体には
奪われた重要拠点を敢えて破壊する任務も与えられていた、機密を守る為に。

「複数回線からの同時多発的ハッキング、結局1番欲しかったのはどの
回線と繋がっているか、それだけかな、ただアクセスポイントはそんなに多くないよ」

「何故ですか、出切る限り多くした方が」

「そうしたいのは山々なんだけど、数が揃わなくて
一番優秀なのを例の特務員にしちゃうせいもあるだろうけど
大方宇宙で使われちゃってるんだよね」

 ハッキングによる第一次占拠、そしてその混乱に乗じて
基地内に潜入員を送り、内部から施設を破壊する。
簡単に言えばそのような内容である。
宇宙で造られている物、その話は後にしよう。

「あの子ですか?」

「会った事があるんだ、まぁどっちでも良いんだけどね」

「あなたは出撃しないのですか?」

「今回はその必要は無いと思ってるよ、それより君の部隊、失礼
仲間達の最後の任務、頼むよ」

「解かっているよ、既にレクチャーも済んでる。明後日にはいけるさ」


















 静寂を貫く爆発音、一瞬の閃光の後に
黒い煙が空を覆った雲に向って伸びていく

「何が起こった!?」
 
「官邸前で爆発を確認しました、それと館内に侵入者」

「何ッ!?テロだよ、テロ!!急いでテロ対策班を出せ!!」

「解かっていますよ、既に出場要請は出しています」

 ほんの5分後の迅速な対応だった。

「さて、行こうかな」

 そう呟くとフルフェイスのマスクを被り
テロ対策班の長としての彼の活動が始まった。



「手筈通り御苦労、首相閣下は確保したかな?」

 車椅子の男は無線で返答を求めた。
幾らなんでもあの足ではどんなに彼が現場指揮に拘っても無理であろう。
無論、夜間襲撃なので抵抗が無かった訳ではないが
一番後ろから付いていく彼には殆ど無縁だ。
テロとは言っても用があるのはこの場所なので
従って使用している弾丸も殆どが麻酔弾、催涙弾である。

「問題ないな、それと被害状況だが死者は現段階では0、負傷者が7名だ」

 短く状況を説明する。
 ヴェントの指示で、この国の側も殆ど武装解除されている、
それでも官邸だけあって多少の抵抗はある。

「全てが良い方向だな、閣下をコンピューター室の一番近くの部屋へ
もうじきテロ対策班が出てくる。それまでの辛抱だ」





「作戦が順調なら、後15分で発進だ、お前さんが操縦する必要は無いが
一応聞いておくぞ?」

 合計12機の航空機がただだだっ広い平原に停泊している、その内の左端の機体に
整備服を着た男が中に向って話し掛けている。
相手はリーアであるが目立つ髪の色を隠す為に地味な黒色に染め
淵の細い眼鏡をかけ、印象はガラっと変っている。

「大丈夫、その為に練習も多少したんだから」

操縦桿を握って操縦する気満々のようである。

「やれやれ死体になって帰ってきたんじゃ元も子もないんだからな?」

「そればっかり、先輩に会えずに死ぬなんてゴメンですよぉーだっ」

「わかった、わかった」

「アイギはえっと、ヴェントさんが持ってちゃったんだっけ?」

 溜息を付きながら頭を掻く

「相棒なんだろう?そうだよ、ヴェントさんが持ってるよ」

「あの人、ひょろひょろしてて今一頼りないんだよねぇ、本当にヴェント司令官なの?」

「みんなそう言うんだが、間違いないよ。早朝の訓練見ただろう?」

「丸太の前で剣を振るってる奴?速くてよく解からなかったけど」

「そう、あれは斬っているんだよ。あまりに速く斬ると斬っても斬れない『戻し斬り』って奴さ」

「なにそれ、よく解からないや」

「斬られればわかるさ」

「怖い事言わないで下さいよぉ」 

 スッと懐から巨大スパナを取り出しゆっくりとそれを振るう
相手も一瞬ギョッとして自前のスパナで対処する構えをする

「おっとお前、それ目立ちすぎるだろ?持っててやるよ」

「あっ、ゴメン。それじゃあコレ、持ってて!!」

 ビュンッと30cmはあろうかと言うスパナを上に放り投げる
こんなデカブツを使う場面など本当に有るのだろうか?

「危ないな、時間もそろそろだな、行って来い」

 見ると他の11機のキャノピーは全て閉まっている。

「行って来ます!!」

「いってらっしゃい」

 透明なキャノピーが閉まり、その向こう側に手を振るリーアの姿が見える
そしてその上から重厚なキャノピーがその上を覆い隠す。
やがて、粉塵を巻き上げながら12機の天使たちが漆黒の空へ舞い上がっていった。







「さて、準備は整った」

 目隠しをされ後ろ手に縛らたままリトの横に眠らされているのがこの国の首相である。

「時間もそろそろ、突入の時間だ」


 
 
「私とA班は下へ、副長とB班は上へ向って貰う
そう言うのはここの構造が地下に秀でているからである。
既に敵は人質をとっている可能性が非常に高い、全員特殊兵装は持っているな
総員細心の注意を払い、作戦行動を開始しろ。突入開始!!」


 今のヴェントはリーダーであるカイナの1部下に過ぎない
彼が持っている特殊兵装が入っているバッグの中には身に付けるべきペルソナとアイギが入っている。
更に今の革命軍側のメンバーは大方コンピューター技師である。

 入口を爆破し、階段を上下に分かる。制圧作戦は開始された。

 



「予定通り、隊長。いえ副司令官さん」

 背後のドアが開くのを察して声がかかる

「余り長くは出来んがな、今技師達とヴェントがコンピュータールームへ行った。
他のアクセスポイントも問題無いだろうな」

「ある程度の情報があってここにしましたが、まさかこれ程とは思いませんでしたよ」

「実質革命軍に支配されつつもこの様だ、閣下の2枚舌には頭が下がるよ」

「そのようで、今しがたもう一度睡眠薬を仕込んでおきました。
少なくとも朝までは目覚める事は無いな」

「助かるよ。では、軽く銃撃戦を始めるとしよう」

「そうだな」

 唐突に銃声が辺りに響き渡り、それに呼応するように銃撃音が続く。




「始まったようだね」

 トランクを開け、アイギとマスクを取り出す。マイペースなのは変わりが無い

「多少は急いだ方がいいのでは?」

 技術者の一人が彼に注意を促す。

「それもそうだね、この後の事は把握済みだね」

「はい、この道具で負傷して戻る手筈なんですよね」

 技師が足元から透明のビニール袋に入った赤い液体を見せる。

「そう言うこと、頼りにしているよ
待機中の艦隊にも前進支持を」

 アイギを手渡してから自信もフルフェイスのそれを被る。

「あー、あー。只今マイクのテスト中」

 全くの機械音声でマイクのテスト、不気味なようなジョークが効いているような
如何にも彼らしい振る舞いである。

「問題無い。時間合わせ、良いな?」

 すっかり戦闘体制に入った彼の声を聞き、技師達も気が引き締まる。

「時間合わせ。3・2・1、作戦スタート」

 同時、かつ多発的に作戦は開始された。







 けたたましい騒音が司令室に響き渡る、それと同時に5人いるオペレーターが同時に
現状把握に乗り出す。

 その数分後副官に起こされた司令官がそこに訪れる。

「どうした」

「何物からのハッキングを受けています。
経由ルートはこちらの回線を利用していると思われます」

「敵の目標は!」

「恐らくここの占拠でしょう、直接攻撃に出てこないのがその証拠です」

「ふむ、まずはマイクロウェーブ送電施設の隔離を最優先、次いで
敵が使っているメインバイパスから随時切断、それで行ってくれ」

「解かりました、しかし送電施設を隔離する時に若干の隙が生まれます」

 そう言いながらキーを常人のスピードでは無いスピードで叩き続ける。

「押されているのかね?」

「残念ながら、大分押されてます」

 別のオペレーターが解答する。異常を知らせる赤と正常を示すグリーンが
丁度5分5部の辺りで停滞している。

「仕方ない、メインバイパスの切断を優先。何としても侵入を阻止せよ」

「了解しました」

 電気の流れを強制的にカットしていく。これで敵の侵入は防止できる。
同時に味方側の有線連絡も行えない為そう頻繁には使えない。
やがて、危険を示すレッドが一斉にグリーンに戻る。危機は回避されたのだ。







「どうやら、切断にかかって来たようです」

「無難な手段だな。ウイルスを添付、一時撤退」

「解かりました、上手く行くでしょうか?」
 
「行かなければ行くようにするだけだ、そのまま臨戦状態で待機」

「了解」






「敵の攻撃のブロックに成功しました」

 その場にいたオペレーター、司令官共々肩を撫で下ろす。

「切断したバイパスのチェック、同時に送電施設並びに自爆システムの隔離を急げ」

「ですが撤退行動が何らかのトラップである可能性も」

「メイン回路を何時までも潰しておくわけにはいかんだろう」

「解かりました、回路修復に映ります」

「同時に送電施設隔離開始します」

 作業は手早く順調に進んだ、進む事事態が彼の策略なのだが



「敵からの第二次攻撃を確認!先程よりも更に内部にまで達しています!!」

「回線の緊急遮断を急げ」

「駄目です。ブロック出来ません」

「システム全体の17%を完全にジャックされました、最終目標は此処の完全占拠と思われます」

「馬鹿な、予備電源を廃棄、全戦力を以って敵勢力を排除しろ」

「ですが、侵攻が早すぎます」

「グダグダ言わずに作業したまえ」

「対空、対地、対水用兵装の乗っ取りを確認、哨戒機との連絡路も絶たれた模様です」

「全兵士に特一級戦闘配置を通達、何が起きるか解からないぞ
全作業員に連絡、全MSのフィードバック用回路を断ち切るように下令
奴等MSを中からロックする気だ」

「了解しました。特一級戦闘配置、並びに全作業班に緊急要請を配信します」

「敵は予備電源を完全ジャック、内部対人兵装系統も同様に」

「不味いな、無人対人用迎撃機がか」

「駄目です、副電源ダウン」
 
「メイン電源は何としても死守し、必要最低限以外はカットしろ、こちらに集めるんだ」

「送電施設のロックが完了しました、5重にロックをかけたのでこちらは大丈夫です」

「死守はわかっています、必要以外をカットすると施設全体に影響が」

「構わん、中枢をやられれば元も子もないんだぞ」

「屋外カメラのモニター映像がダウンし始めました」

「了解しました、候補生棟から電源をカットします」

「四肢を奪うつもりか、哨戒機と連絡は取れないのか!?」

「特一級戦闘配置の配信を完了しました、15秒後には全職員に届く筈です」

「まだとれてはいません、仮に出来ても映像がこれでは」

「通信系統は」

「今の所大丈夫ですが、そう長くは持ちません」

「対空、対水用戦闘用意を全艦隊に通達せよ!!」

「自動防衛システム、及び一部自家発電機能が機動開始しました」






「寒い」

 本来なら美しい髪も今はスッカリ乱れてしまってボサボサだ。
妙に肌寒さを憶えて部屋の電気を入れようとスイッチを入れるが
接触が悪いのか何度やってもつく気配が無い。

「ルーン、起きてるぅ?」

 接しているドアを軽く何度か叩く、元々非常時には直ぐに起きられる身
時間をおかずに返事が返ってきた。

「起きた所よ」

 彼女も妙に静かなこの空間に何かを感じたようだ
ハッとしたようにモバイルに目を向ける、勝手に電源が付き
数字の羅列が延々と浮かんでいる。

「何か寒いの、そっちは大丈夫?」

「そうでも無いけど、こっちへ来て」


「うん、ちょっと待っててね」

 スライド式のドアの脇にあるボタンを押す。
普段はそれで開く筈なのだが動かない。

「ルーン、動かないよ。壊れちゃったのかな?」

「そうだとまだ良いんだけど」

 非常用電灯を手にとりフィに指示を出す。

「良い、モバイルから電気を貰うから、やり方はわかるわね?」

「大丈夫だよ。開く」

 ほんの数センチだけ開いた扉を手を入れこじ開ける。

「やっぱり寒いよ」

「そうね、それより面倒な事になってるようね」

 数字の羅列を見ながらより詳しい状況を検査する。
非常時に電磁波で送られてくる指令。

「これの事だね」

 指令の文字列は一つ一つは小さな違いでしかない、それも暗号化されているので
解読だけでも結構な時間が掛かってしまう。

「ええ。少し待ってて、考えるから」




「とりあえず外に出ようよ、ジャミル君たちにも教えてあげないと」

「キナが何とかしてくれるわ、それより準備して」

「何をするの?」

「あなたの部屋にある武器を全部持ってきて、ガスマスクも忘れずに」

「けど、私」

「解かってるわ、撃てなんて言わない」

「ありがとう、それじゃあ持ってくるね」

 彼女が開きっぱなしのドアから出て行ったのを確認すると
ルーンもトランクを開け武器類を引っ張り出す。と同時に
黒いシャツの上からかなり厚手の防弾チョッキを着
普段着る制服とは違うジャケット風の制服を上から羽織り
防弾チョッキのマウント部に壁にかけてある銃をセットしていく
その数およそ10、かなりの重さであるのは間違いない。

「大体、こんなものかな」

 危なっかしい手つきで銃を持ってきて、床の上に一個づつ並べていく。
それを並び終えると小さな明りで手元を確認し長い髪を根本から後ろで一つに束ねる。
ポニーテールと言う表現が適切かも知れない。


「そうね、つけれるだけ着けて」

「それで大丈夫なの?」

「でなきゃ死ぬ事になるわよ」

 キッパリとそう突っぱねる、ルーンの中ではよほど重要な事態らしい。

「解かった、とりあえずやってみる」

 重い重い言いながらそれでも身に付けるだけの物を身につける

「ルーン、その格好カッコイイね」

「あなたにもそう言う事を言える口があったのね」

 ドギツク返すとベルト状になった部分にマガジンを通す。

「大方、終わったわね。良いわよ休んで」

 デスクからハンドサイズの医療用具を取り出しポケットに詰め込む
使わないに越した事は無いがそうも行かないようだ。

「うん、猫さん元気?」

 暗闇の中でもハッキリと見えるキャシーの眼の方を向き
話し掛けてみるが、案の定ルーンの方に向ってしまう。

「暫く休んでれば良いわ、もうじき連絡が来るでしょうから」

「電気止まってるけど?」

「もうじき戻るわ、少し静かにしてて」

「うん」

 懐中電灯の明りを消す。窓の外は雪のせいも合ってやや白んで見えるが
それ以外は音も何も無い静寂の世界。



 唐突に明りが付く、ビクンと驚くフィに対しルーンとキャシーはさも当然のように動じない。


「おはよう諸君。私は宇宙革命軍東ユーラシア大陸司令官ヴェント・アリッツィヤだ」

 流れてきた放送は彼女を驚かせた。
それこそ機械が喋っているとしか思えない無機質な声。
始めて聞く「偉い人」の声がそこにあった。

「何で!?、ここは連邦軍の施設なんでしょう?」

「のっとられたのよ」


「勘の良い兵卒諸君は解かると思うが、この施設は革命軍が集握した」


「この人正気なの?」

「正気じゃなきゃこんな事出来ないわ。逆探知で直ぐに居場所がわかるもの」


「我々は正義ではない、だが悪の軍隊になる気も無い。
この施設にいる全ての兵士に降伏を勧告する、これが守られない場合は一兵残さず殺す事になる。
一部の機能は違うようだが主な機能は全てこちらの手中の内だ。
勝ち目が無いのは解かるがそれでも君達の指揮官の指示を仰ぐのも良いだろう」

 不意に音声が変わった。その様子だけでもハッキリとわかる。


「何!?音声が?よこせ!」

 強引にマイクをもぎ取っているのだろう。

「いいか、この施設は絶対に死守しろ。全仕官は速やかにMSへ搭乗し
陸・海・空の全戦力を以って革命軍勢力を排除せよ!
無論、投降しようという物に容赦はするな、最後の一兵まで徹底抗戦しろ」

 やかましくその事を言い終えると再び音声が切り替わる。


「そう言う事だそうだ。
降伏の際はMSのコックピットハッチを開け、全武装を排除し両碗を
上げた状態でこちらの指示する方向に来て貰う。
以上の状況が守られていない機体には即刻攻撃を開始する」

 再び電源が落ちたのか再び暗闇の世界へ暗転する。

「まだ出掛けないの?」

「危険よ、気の早いのが動き出すから」

 静寂。だがその中でも遠くから響くような音が度々聞こえ
その数はやがて大きく、そして多くなっていく。

「ルーン。私、怖い」

「私が殺させない。Drと約束したもの」 

「先生と?」

「Drには色々とお世話になってるし、あなたがいなくなると戦力も落ちるし」

 それは役に立たない彼女を少しは認めたという事なのだろうか?

 窓にそっと顔を向けてみる、キーンと言う高い音。
それが突然爆発する。1つ、2つ、3つ。
無数の燃えカスが暗い夜空を染めながら落下していく。
それとは別に光を上げながら空から落ちてくる光が1つ。
それもまた地面に激突したようであるが
激突音がしたときには爆発はしていなかった。


 その音を聞いて、動き出すルーン。

「行きましょうか、壁に身体をピッタリとつけて
キャシーも」

「うん。怖いけど私頑張るから」

 合わせるように眼だけが光っているキャシーもルーンの後ろにつく。
 閉じてしまっているドアを静かに引きながら外の様子を伺う。
全くの闇の中数歩進むと壁に突き当たった。

「これは?」

「非常扉、全部閉まってるみたい」

 静寂の中に響く銃の乾いた音
ルーンは扉1m程の所からキッと狙いを定めている。

「ジャミル君達に一緒に来てもらえば?」

「もういるんだけどな」

 背後から声をかけられあたふたしている所に
ライトが当たりジャミル・キナの存在を示す。

「何時からいたの?」

「お前達が来る少し前からだよ」

 キナが答えた。

「少し静かに、状況が状況よ」

 また論戦モードに入ろうとしていた3人を
静かに諭す。顔を向けていないのかやや遠くに感じる。

「この扉は誰が閉めたの?」

「呼びかけといて、閉めるってのは変だから、きっとこっち側だろうな。

「脱走防止って所かこの分だとこれで終わるとは考えない方が良いな
この短時間によくも仕込めたものだな」

 ジャミル、キナが次いで答える。


「まずは一人、消灯して」

「おう」

 足元を照らしていたライトを消す。非常用電灯さえ付いていない全くの闇だ。

 息を落ち着かせるルーンの姿が思い浮かぶ。
扉が開いたのか無気味な音と共に一筋の赤い明りが4人を照らしていく。
それを確認すると同時にルーンが発砲する。次いで薬莢が地面に落ちて転がる音が聞こえる。
正確無比なその射撃は間違い無く眉間に命中したであろう。
円柱型の電灯が僅かな円を描きながら転がってくる。そっと膝を付きその明りを消し
抜け殻へと近づき一瞬明りをつけるともう一発銃を放つ、
それは止めではなく彼の武器を破壊する為に用いられたのだが。

「行きましょう」

「ねぇ、ルーン?」

「フィ。急がないと置いてくぞ」

 次の言葉を言わせないようにジャミルの声だけが聞こえ、その声に従うしかなかった。
開いているであろう扉を行くその時に爪先に触れた柔らかい感触、ネバッとした足の裏、
時には不意に、そして何度もかいだ事のある匂い。


ルーン、殺しちゃったの?


 もう、聞く事は出来なかった。
夜は始まったばかり、まだ終わらない。