「ちょっと来てくれないかしら?」  お母さんに呼ばれて元気良くその子は走りよって来ました 「なぁに?お母さん」  隣にはお父さんも座っています 「実はね。少し前に君を是非学校に入れて欲しいって人が来たんだ」  お父さんがそう説明します。 「あなたは選ばれたのよ」 「わたし、えらばれたの!?」 「そうなのよ、おめでとう」 「おめでとう」  二人の威勢の良い拍手が聞こえます。 「いっぱいいっぱい勉強してきてね、あなたは優秀な子だから大丈夫」 「お父さんも応援してるぞ、がんばって来い」 「わたし頑張る。もっともっと勉強して偉い人になる!」 「お母さん嬉しいわ。そう、あなたは良い子だから、きっと出切るわ」 「応援してるから、頑張れよ」 「うん!!!」 女の子は元気良く返事をしました。

There not justis






 
 非常扉の横に構える。誰かがここを開ければ直ぐに反応できるように。
一瞬の精神の緩みが静止に直結する。最もシンプルな世界。
人の気配を感じ撃鉄を起こす。それから間も無くドアの開く音、間髪入れずに
一歩を踏み出し、手にした銃を突き上げる形を取り、そのまま壁に相手を押しやる
冷たい銃口が顎の下から、吐息の感覚が自分の胸にかかる。

「目的は何?」

「メ、メイン格納庫へ」

 本来の目的がどうであれ、顎元に銃を突きつけられてはまともな返答は期待できないだろう。
もし、この小さなプリンセスに逆らえば醜い肉塊と化すだけである

「さっさと来て、頭数が欲しいの」
 
「あぁ」  

 自分が踏み込もうとした先に人の気配を感じる。
彼女が仲間にした人たちだろう。
小柄なその身体にはもう自分でも届かない何かが宿っているのだろう。
あるいは戦闘能力であり、あるいは指揮能力、そして冷静な判断力。

「仲間が一人増えたわ、武装解除してあげて」






「30分たった」

 僅かな人員だけがいる、殆ど廃墟と化した食堂の中
ジャミルの声が聞こえる。10分1人交替でここに留まっているのだ。
次はルーンの番である。

「解かったわ」

 眠そうにするでもなく、すっと起き上がる。
完全に眠ってしまうとこの寒さの中凍死する可能性もある為
他の2人の反応も確認し、その任に着く。
同様に水が流れる音も聞こえている、水道管が凍りつくのを防ぐ為だ、
とは言っても他が凍ってしまえば意味はないのだが。


 ライトを少し照らしもう一つのグループへ連絡を入れる。
以外にも直ぐ近くで点灯があった。
引き寄せられるように寄り添うと自分も今来たところ言った感じであった。
長い銀色の髪が印象的な女性であった。
その手にはロングレンジライフルが握られている。
広さ的には大分あるこの食堂の中程に机でバリケードを作ってある
その方が逃げ道の確保などに便利だからだ、
それ故ライフル銃はこの距離は些か不利である。だが接近に弱い事は
この場で撃たれる可能性が少ないという事でもある。

「寒いわね」

 悴んだ手を温めるためかライフルを机に立てかける音が聞こえる
初見でこの行為はまず無いだろう、様子を伺っているのか
だが、とりあえずは安心なようだ。

「ええ」

 何時ものように素っ気無い返事をする。
それが面白かったのかフフッと笑う声が聞こえる。

「面白い人、何年になるの?」

 この施設に来てどれ位と言う事を聞いているのだろうが
正確には解からないが7ヶ月から10ヶ月くらいと答える

「私はもう4年くらい。けど思ったより上達しなくて
未だ性能に頼ってるの」

 試しにライフルを触らせてくれと尋ねたら以外にも良いと返事だった。
お人好しなのかそれとも。
成る程、確かに癖のある銃であることは間違いなかった。
だがこれだけ変わったものを扱えると言う事は狙撃手としては充分だろう。
性能に頼ってるとはただの自嘲に過ぎない。
礼を言ってそれを返す。

「時間だから、朝に合えたら」

「ええ、私は5分あるから。それじゃあ」

 眠りに付き、再び自分の番がくる時を待つ。
その間も度々何処かからの発砲音が遠く聞こえて来た。
今日は終わり、明日が来る。



 襲撃は無かった。



 未だ知らない朝が来た、闇が全てを覆い隠すなら
光は全てを曝け出す、その残酷な真実と共に。


「朝だぞ、起きろよ」

 中々起きないフィを揺さ振ってジャミルが起こしにかかる
本来なら同性のルーンが起こしたい所だが彼女は今番をしている。
規律には煩い彼女であるから、当然ジャミルorキナが起こす事になったわけだ。

「寒いよぉ」

 今日も不満をタラタラ言いながら起床する。
やはり凍ってしまったのか水の音は止んでしまっている。

「みんな寒いんだから、文句言うなよ。ほれ朝食」

 かなり限定されるが食べ物には困らない。栄養諸々があるかは別物ではあるが。
ストックされている乾パンを洗面台に溜まった薄い氷を齧りながら食べる。
蒸せるのを見て笑うと自分も蒸せてしまう、必然的に静かになる。

 もう一つのグループは早々に食事を終え出発の用意を整えている。
その間にも新たなグループがやってくる。
どこかオドオドしたり、或いは負傷している兵士も少なくなかった。
食料は充分にあり、取り合いが起きる事も無く。
ピリピリはしているけれでも銃撃戦が起きる事も無かった。

 やがて、一夜を共にした仲間も礼を言って去っていった。


「行きましょう。動くなら昼しかないわ」

「ああ、奴の言う期限ってのは何時までだ?」

「さぁな、ただ今日明日だろうな。近くなればまた連絡してくれるだろう」

「辿り着けるかな」

「着くんだよ。やつ等の好きにはさせないさ」

 ジャミルが気丈に話し掛けてくる。
それでもフィの気持ちは良くはならなかった。

「敵が味方なら、今は動かない。多少混乱してるけど」  

「同感。格納庫は別々だから、急いだ方がいい」

 ルーンとキナさながら参謀役と指南役と言った所か
パパっと2人で決めた事に残りの2人が着いて行く。
間違いは粗無いだろう。

「問題は自動防衛システムね」

「全くだ、あれが自立で動いてると勝ち目は殆ど無いぞ」

 歩きながら話をしているのは自動迎撃システムである。
革命軍側がこれを解き放つ事は無いだろう。
よって問題なのはこちらの首脳陣になるだろう。
防火扉の前例もある。

 
 2人の話の間にもフィの目は路肩に映る。
もし最も美しい彫像があるなら、それは砕け散ったガラス細工であろう。
そこに転がる物はそこまで綺麗ではなく、寧ろシャーベット状に凍った肉塊が
言い表せない残酷な絵図を映し出していた。そのオブジェは一様に額に無骨な穴が空き
その無い部分から広がったと思われる血溜まりとなり広がった部分は
軽く踏んだだけでパリッと心地良い音を立てて割れた。

「フィ、泣いてるのか?」

「ううん、そう言うのじゃないの。けど何か目が痛くて」

 痛くは無いのに痛くて流れる涙、それが初めての経験だった。

「もう泣くなよ、行くぞ」

「バカ」

 一息入れて目を拭い、歩き出す

怖い、怖い、怖い。
けど、行かなくちゃいけない。
みんな私を信用してくれているんだ
応えないとみんなに悪い。だから。

「私、頑張るから」

「フィ、何か言ったか?」

「ううん、何でもない」








 小さな叫び声を上げながら男が一人横に吹き飛んだ
頭、正確に言えばこめかみを撃たれた衝撃で首が波打っているのがスローモーションのように映る
その横には腕をやや上方に伸ばし瞳を見据えたレナ・メテオの姿があった。
その光景に他の士官達も驚いている。

「貴様、俺達の仲間だぞ!?」

「何言っているの?後少し遅ければ私が撃たれてたわ
降りかかる災難は振り払うだけよ」

「冗談言ってんじゃ無い!!!俺の親友だったんだぞ!」

 淡々とした彼女の態度に激昂したのか一人の兵士が
小柄な彼女の胸倉を掴みグッと持ち上げる。

「殺したくて殺したんじゃない、頭数を減らすのは困るもの」

「小娘がっ!!」

 尚も素っ気無い態度にそのまま力任せに投げようと腕を大きく振るう
だがそれに対応するように彼女の右腕も動き銃が額に一直線に並ぶ

「私は死なない、絶対にね。だから殺すわよ。ここで壁に投げられても死にはしない、
けどここで要らない怪我をするわけにはいかないの」

 流石にハッとしたのかそっと手を下ろす。

「行きましょう」

 たしなめようとする意思が生じたのか、死者の見開かれた目をそっと閉じ
乱れた襟を正すとまた歩き出した。






「銃声がしたな」

「大方殺されそうになって誰かが撃ったんでしょうね」

「指揮権奪取か?不満晴らしか」
 
「有り得る話ね、この状況下じゃ精神が長くは持たないでしょう」

 2人の会話は続く、殊更銃器のような集中力を必要とする物を
長時間何時でも撃てる状況にしておくのは思った以上に疲れるものだ。

「お前は大丈夫なのか?ルーン」

「問題無いわ、急ぎましょう」

「ああ」

「キナ、後どれくらいだ?」

「今2階だ、もう直ぐ1階になる」

「やっと半分か」

 廊下も一杯と言うほどではないが6、7割にはなっている。
負傷した者は意外と少ない。殆どがその場で死んでしまっているからだ。
残りは革命軍部隊進行に備え部屋で持久戦を展開しているのだろう。
その為誰も部屋に入ろうとしない。

「この調子だと、大丈夫みたいだね」

「油断は禁物。何が起きるか解からないもの」

「うん」

 地上には勿論であるが、1階より下、つまり地下にも格納庫は存在する。
場所はマチマチだが彼女たちの乗機はいずれも地下に格納されている。

 ここである程度の兵士とは別れる事になる、その分込み具合も半端でない。
ただ単に待っている姿は遊園地の順番待ちに似てい無くも無い。
その中に一人オロオロしている兵士を発見し、構わない方が良いと言うルーンの忠告も聞かず
駆け寄って行くフィ、やはりまだまだ子供だ。

「こんにちわ」

「あっ、えっと、こんにちわ」

 黒髪と小ぶりの眼鏡が知的な印象を醸し出している。
服装は大分汚れている、普通の科では無いだろうと思った
身長はフィの方がほんの少し小さいが
年はフィ達と大差無いように見える、少なくとも10代であろう。

「何か、大変な事になって。どうしたら良いのか解からなくて」

「そうだね、こんな事、私、初めてで」

 相当辛かったのか言ってる傍からポロポロ泣き出してしまう。

「大丈夫、大丈夫だから」

 自分より大きいお姉さんを慰めているような不思議な気分。
体からは硝煙の臭いと同じような焦げ臭い匂いがした。

「ありがとう、ありがとう」

 手で涙を拭いながらそれでもまだ泣くこの子を落ち着かせるには本当に時間が掛かった。

「もう、大丈夫」

 待ちくたびれたのかキナが寄ってきて来るように促す。
 
「見ない顔だな、所属は?」

「第731MS整備班です」

「731、解かった。ちょっと待っててくれ」

 ルーンの元に行き指示を仰いでいるようだった。
ほどなく戻り、これから役に立つだろうという事で同行を許可されたとの事だった。

「731って確か私達の小隊だったよね?新人さん」

「はっ、はい。そうなんですよ。本当に昨日今日の配属で」

「そうなんだ、自己紹介がまだだったね、私はフィ・デ・ギレオレ、宜しく」

「俺はキナ」

「ジャミル・ニートだ」

「ルーン・ビリーラー」

「はい、私はリーア・サングです、短い間ですが宜しくお願いします」

 ぺこっと頭を下げる。

「そこまでにして、行くわよ」
 
下の様子は解からないがパラパラパラと威勢のいい音がやたらに耳につく。
教官が幾つかある階段の中央に立ち注意する事を伝えている。

「階下は現在、自動防衛システムが稼動中で大変危険である。
従って、存分に注意するように」

「自動防衛システムは何機稼動しているのですか?」

「正確な数は不明だが。だがもう半数近くは機能停止に陥っている筈だ、全部で多くて10だな」

「全部、一通路はもっと少ないか」

 多少考えた後にやはり行くと言う

「わかった、お嬢さん、武器は持っているかい?」

 キナがクールに決めようとリーアに接触する、
当人も他の2人も吹き出しそうになる。

「うん、大丈夫。これですよね?」

 軽く言って取り出したのは何とサブマシンガン。

「冗談よせよ」

「何に使ってたのかしらね、ちょっと貸して」

 そう言って簡単に点検をする。
安全装置を確認したり、銃口を頬に少し当てたりもした。

「弾奏を装填しておいた方が良いわ」

 短く呟いてそれを手渡す。

「準備して、毒は無いと思うけど。下は暗いから赤外線ゴーグルを
キナ、グレネードの類は幾つ?

「ジャミルのも合わせてフラッシュが6、ノーマルが4つだな
手榴弾も4つだ」

「了解」

 返事をしながら、大きさのあるゴーグルを着用する。
緑色の視野は大分気持ち悪い。

「ゆっくり下っていって。悪いけどフィ、あなたには―」

「了解、少しは役に立たないとね」

「解かりました」

 4つある入口の内、一番左を選び階段を下る。驚くほどの静寂。
嵐の前の静けさと言うのが良いだろうか。
階段を下りる途中連絡を告げるチャイムが入る。

「なにかな?」

「大方、敵からの最後通告よ」

「そうだな」

「嫌な連中だ」

 
「良い朝は迎えられたかな。一つ謝らなければならない
昨夜は暖房の機能が停止してしまっていたようだよって現時刻から必要性提言の暖房施設を稼動する
と共に非常灯を点灯させる。
同時に現時刻から60時間以内に全面攻撃を開始する。速やかに投降されたし。以上」

 無機質な声はそれっきりだった。

「行きましょう」

「ああ、聞くだけ無駄だ」

「慈悲があるのか無いのか、多分無いだろうがな」

「そうでしょうか?」

「そうに決まってるだろう」

 その言葉の直後、地響きと共に天井からわずかに粉を感じる。
攻撃が早速始まったのかと身構えるが
数分の後それは収まった。


 陣形は中心にフィ、その両サイドをルーン、キナが固め
その後ろにジャミル、リーアが続く。五角形といえば早いだろう。
 
「姿勢を低くして、何時撃ってくるか解からないから」

 地面に到着するや、冷たい冷気が鼻腔に流れ込んでくる。
地上との気温差もあるのだろうがかなり寒い。
自分の白い息が見える。手にしたナイフを見る。
殺人を大前提にしたものだ、突き立てれば人間なら確実に殺せる。
ブレードの先端に映る自分が見える、やや脅えたような顔が見える。

「ゆっくり前進。来ても柱の影に隠れれば少しはもつでしょう」

 一歩一歩確実に前進をする。
足音以外の物音はしない。
所々に穴だらけのの遺体がある。それはむしろ転がっているといった方が正しいのかも知れない。
 不意に赤いレーザーサイトが通路の向こう側から伸びてくる
敵襲である事に違いなかった、だが回避するより早く
第一幕が上がった。リズム良く床に打ち込まれていく弾丸
一発一発が死へのカウントダウン
最後にフィが柱の陰に隠れる頃にはイマまでいた場所の光景はすっかり変わっていた。

「フラッシュ・グレネードを」

「了解ッ」

「私とフィで行くわ、バックアップを頼むわ」 

「解かった、任せとけよ」

「リーア、あなたは敵の出切るだけ正確な位置を」

「わ、わかりました」

 第2波に備えながら、様子を伺う。
赤い光は獲物を探しているようだった。
直線の通路の中。隠れる場所は柱の影くらいしか無い。

「5ブロック先の右側に脚が見えます」

 レーザーサイトが額に当たっている。
慌てて頭を引っ込めるが10秒ほど掃射は続けられ
すっかり蜂の巣になっている。
 
「ありがとう。フィ、行くわよ」

「うん」

 ナイフを振動型のナイフに持ち替える。
機械に対してはこちらの方が有効だ。

「グレネードを投げて」

「はいよっ!」

 前方に向って瓶のような物を投げ付け。それと同時に2人は
姿勢を低く保ちながらダッシュする。
フラッシュ・グレネードだ、これで一時的に機能麻痺を起こさせ
その隙に本体を叩く。近接戦闘においての機械に対する戦いはこれしか習っていない
からこれしか方法が無い。
近接以外で叩く方法には別の方法もあるのだろうが、
後の事も考え何機いるかもわからない敵に弾薬を消費する事は出来ない。


 閃光が狭い通路を光で満たす、その中を駆け抜ける。
フィの方が短距離走は得意だ。ルーンとは大股で二歩ほどの差。
無論、グレネードの影響は自分たちにも及ぶ。それに合わせて炸裂より早く走り出したのだが
それでも目には大分応える。閃光が消えかかるが思いの他距離がある、
2つあるレーザーサイトがそれぞれを捉えようとしている。


「もう一発!!!」

「良いのか!?」

「迷ってないで、早く!」

「解かった」

 今度は柱から少しでて大きく振りかぶって投擲する。
その甲斐あって前のより遠くまで飛んだが、着弾は2人の眼前であった。

「援護できない。フィ、行って」

「うんっ!!」

 再び閃光に包まれる中を走った、近くから床に着弾するマシンガンの音が聞こえる
1、2発は音が鈍い。命中したのか足取りはまだ軽い、私じゃない
けれど、気にして入られない。悼むのは良いかも知れないがその前に自分が撃たれてしまう。
気にせず走った、右手で視界をさえぎり、少しでも早く見つけられるように。
顔に熱い感触、ギリギリのところで当たらなかったのか、それでも走った。
ブーツの横を弾が擦ったのか足元をとられそうになる。それでも走った。
視界が開ける、暗闇の中に浮かぶ六つ脚の昆虫のような機械。
その中央部分にナイフを突き立てる。
甲高い嫌な音が永延と続き、火花が飛び散る。それでももがき空に向かい乱射を続ける
だが長くは続かずカメラと思しき部分に正確な射撃が浴びせられる。
やがて、甲高い音と火花だけが残った。

「ルーン。あたったの?」

 ナイフを引き抜き駆け寄る。暫くの反響の後静寂が戻った。
まだ眼がなれていないのか大分フラフラする。
やっと正常に近い状態に戻ってルーンの元へ向う頃には全員集合していた。

「ええ、多少の犠牲は仕方ないわ」

 既に床に腰を下ろし、応急処置の体勢に入っている。

「手伝うか?」

「大丈夫、弾は抜けたし3つなら範囲内だから」

 右肩から包帯と注射器を取り出す。
ブーツを脱ぎソックスをペンライトを照らす。
白い筈のソックスは殆どがどす黒く染まっている。
患部を確認し、その付近に注射を打ち
包帯で間接に対し包帯を固く巻きつける。
それも直ぐに黒くなったが無視してブーツを履き直す。
その上からも穴の空いた部分を確認してもう一度巻きつける。
その為に持って来た包帯は殆ど尽きてしまったようだ。

「そんなに心配そうな顔しないの」

 フィの心配そうな顔に気付いたのか、
あるいはそう予測したのか。

「で、でも」

「死ぬわけじゃない」

「そ、それって大分危なく無いですか?」

 リーアがそう口添えする。
この寒さの中患部が凍り、或いは壊死する可能性も。

「ええ、危ないわね」

「だったら何で」

「動かなきゃいけないからよ。艦に行ければ治療も出来るし
動かなきゃそれまで、死ぬだけ」

「手、貸すよ」

「ありがとう」

 ジャミルが手を差し出したのか、
しもろもどろしながらのルーンの礼が聞こえる。

「ちょっと待ってて下さいね、その脚じゃやっぱり無理ですよ」
 
 フィ達が持っているモバイルよりやや大型の機械を持ち出し
機能停止している機械に繋いでいる。

「どうするの?」

「中枢はまだ生きてますから、マニュアルで動くようにします。
多少可動範囲が落ちるかもしれないですけど」

 床に座ったのか声が下から聞こえる、闇の中で光っているパソコンが
タイプを続ける彼女の眼鏡と顔を映し、時に手元が口に移動する。悴んだ手を温めているのだろう。
 
「随分、出切るんだな」

「技術班ですから、これ位は当然です」

 キナの問いにあっさりそう答える。

「出来ました。最低限だけですけど、後は動きながらでも出来ますから
すみませんけど、砲台を向こう側に向けてくれませんか?首周りは動かないみたいで」

「了解、けど本当に大丈夫だよね?」

「大丈夫です、まっかせて下さい」

 胸を張って(?)そう返事をする。

「うーん、キナ君。手伝ってよ」

「はいはい、わかりましたよ」
 
 2人がかりで、自分達の方向を見ていた砲口を反対側に向ける。

「出来たよ〜」

「ありがとうございます、それじゃあ試射をやってみますね」

 その数秒後また凄まじい音が聞こえ薬莢が吐き出される。
成功のようだ。

「すっごーい」

「それ程でも無いですよ、メインカメラも無いので完全にマニュアルですし」

「それでも大したもんよ、動けるの?」

 やや弱ったルーンの声が尋ねる。
 
「はい、大分速度は落ちますが動けます」

 軽くキー入力をすると多少鈍い物の動き始める。
一歩一歩確実に。

「これで少しは楽になりますよね。急ぎましょう」

 一歩一歩歩きながら辺りを伺う、
後続の兵士達とも合流する、
その中にレナの姿もあった。顔の所々に赤い斑点がついている。
リーアと短い挨拶を交わした後
再び十数人の一段となり更に進む。
途中2機の防衛システムと戦闘になった。
数名が負傷、幸いに死人は出なかった。
戦闘の合間を縫って所々に現れる扉に消えていく兵士を見送る。


「さて、俺達の番だな」

 新たな扉が目の前に見える。
 MSの個性が決定的に違うので出撃位置も異なる、
飛行系のMS、超遠距離のMSを扱うジャミル、キナ、レナが分かれる。

「別名あるまで待機よ」

「一応言っておくがフィ、死ぬなよ
ルーンを頼む」

「解かってる、護ってばかりじゃダメだもんね」

「なら良いけどな、艦上で会おう」

「ええ、リーアは一緒に来て」

「はい」

 支える役をフィに移し、一団は進む、
ジャミル達と別れた時に機械は置いてきたので大分身軽である、
身長が大差無いので時々支える役を変わる、
だが、それも面倒になったのか二人ではさみあうような格好になり
他の兵士達は先に行ってしまう。
 ふと、後ろを振り返りライトを向けると、所々に擦れた血の後が生々しく残っている。

 
「リーアはどうして兵士になったの?
みんなにはもう聞いたんだけど、リーアはどうかなって?」

 ルーンを挟んでの会話であるが、休ませて欲しいと言う顔で
脚を引き摺られているのに関わらず、どうやら仮眠状態のようだ。
休める時に休む。それは変わりない。


「私ですか?それは、私の力を役立てたいからです。
私の手は人よりもほんの少し出来る事があるから使いたいんです。
それは、きっと役に立つ能力だから」

「そっか、リーアって凄いね」

「普通の事ですよ?今の私に出来る事、それをやるだけです」

「ううん、ただ」

「ただ?」

「この手は人殺しの為にあるんじゃないって、今でも思ってる
だってお父さんがもう人殺しはしないでくれって言ってたもん」

「そうだよね、私。こんな酷い状況だったなんて知らなかった
ずっとずっと、一番近くに居た筈なのに、全然知らなかった」
 
 再び涙ぐんでしまうリーア、彼女の嗚咽だけが廊下の中に響く。

「ルーン、着いたよ」

 彼女の扉の前に着く、そっと彼女を起こす

「ええ、ありがとう。大分楽になったわ」

 2人の手を払ってゆっくりと体勢を立て直す。
やはり立っている事が辛いようである。

「ここからは一人よ、解かっているわね」

「解かってる、リーアちゃんはルーンと一緒に居てあげて」

 今の間にちゃん付けになっている、語呂があっているのか
不思議な感じは然程せず、彼女もそれを受け入れたようである。

「はい、フィちゃんも元気で」

 お互いにフフッと微笑んだのか笑う声が聞こえる。

「大丈夫、皆きっと大丈夫。皆もそう思ってくれてるから、私も
ルーン、私を信じてくれる?」

「ええ、あなたを信じてるわ」

「ありがとう、それじゃあ。行って来ます!」

 軽快な音を経て遥か向う先は最前線である。



「みんな私を信じてる、だから私も応えなきゃいけないんだ
大丈夫、きっと」

 先に抜かされた兵士達へ追いつき最も遠い扉を潜る
中は殆ど真っ暗な通路とは対照的で明りが満ち満ちている。
 整然と並ぶドートレスの中に一機だけ隔離され極端なまでに形状が違う灰色の機体、
それが自分の乗機。慌しく動き回っている整備班長を捕まえて

「第731小隊、フィ・デ・ギレオレ曹長です!」

と挨拶する。

「やっと御到着かい、急いで起動してくれ、オプションを取り付けなきゃるからな」

「了解ッ」

 起動用意に入る間も一機一機昇降用リフトから地上へと昇って行く
時に開放される扉からは蒼天の空が見える。
 
 普通の軍服の上から教本で見た初期の宇宙飛行士を隆起させる分厚いスーツを着込む。
重い事には違いないが中に入ればそれ程苦ではない、動き易さも考慮してあるのか爪先まで楽に動く。
ウインチを用い コックピットに入り備え付けのリストバンドを右手首のやや下に巻き付ける、

その周囲には肘の半分くらいまである4つのやや太いペンのような物体が取り付けられている。
ベルトを確認した後にメインスイッチを入れるとモニターが点灯する。
全天周とは言えないが戦闘をする上での視界の確保には問題無い。

「GK-9700、起動、完了しました」

「オプションはブースター・シールド!、右腕を固定し待機」

「了解しました」

 待っていたかのように機体前方から分厚いシールドがせり出して来る
その大きさはMSの背丈近くもある。更に扁平な表とは対照的に裏からは長く伸びた筒が飛び出ている。
右腕を肩の高さまで上げドッキングの瞬間を待つ。
その左右の腕からは一本づつ鋼の棒が突き出している。それに合致するように
シールド側にも穴が空いている。

「パイルバンカー固定良し!右腕肘関節ロック開始!」

 号令にあわせ手際よく作業は続く、発進の際に機体とシールド部分が分離しないように
シールド側から伸びたジョイントに右腕を収め固定する。それに合わせショルダーアーマーも
畳まれた格好になっている。

「肘関節固定良し!、ロック!」

「ロックします!」

 ガコンと言う音を立てて肘関節のロックが完了する。
メインモニターにCOMPLEATEの文字が前面に打ち出され

「上手くいったようだな、残ってるドートレスの昇降が終わったら発進してくれ」

 右腕は完全に固定されている為歩くと言ったような基本的な動作は鈍重になってしまう
それがこの形態の弱点である。

「解かりました」




 

「私たちも行きましょうか」

「ええ」


 中に入ると熱気に体が震える、格納庫の風景はどれもも変わりない。
見ると天井に巨大な物体が突き刺さっておりそれを見て一部の兵士が騒いでいる。
2つある門の内ドートレス用のハッチを直撃している。ハッチ部分の甲板は相当厚い
それさえも貫通するのだから大した威力だ。もう一つは自機専用。
表に出次第直ぐに攻撃に移れるように開放口と直線状に並んでいるのである。
 
 尖った先端から爆発物かと思うが、もしそうだとしても当面は問題無いだろう。
騒ぐ兵士達の傍らで怪我の手当てを行う、とは言っても備品も無いので包帯を変えるだけの
簡素なものではある。やはり多少凍っていたのか剥す時にパリッとした感触が残る。
リーアは何処かへ行ってしまったのか見当たらない。始めてきた場所だろうから
見学や使い勝手を見て回っているのだろう。

 手当てを終え、立ち上がってリーアを目で探す。一回り目で追ってみるが姿は見えない
それ程拘泥しなくても直ぐに来るだろう。
そう思っていると心配そうな面持ちで彼女がかけてくるのが見える。

「ごめんなさい、少しやる事があって」

 照れているのかもじもじしている。

「さぁ、行きましょう!機体はどれですか?」

「あの黒いのよ」

 張り切って肩を持ち灰色の機体へ向う、
細い眼鏡の淵から覗く瞳が印象的だ。
その自分の機体には電源確保の為か背部から太いケーブルが3本延びている。


「一緒に載って、少しの間でいいから」

「あっ、はい。わかりました」

 天井を見上げて途方に暮れている整備班長に声をかけ
コックピットへ入る。
 狭いコックピット内ではあるが何とか彼女を脇に座らせリストバンドを巻く。
これをしなければ起動出来ないと言うのは何かしらの意図があるだろうと常々思う

「GR-9600、起動します」

 灰色の機体にグリーンのメインカメラが点灯すると同時に
排気がスタートし冷たい空気が吐き出される。

「起動を確認した、オプション兵装は長距離ビームショットライフル、
ここから電源を貰うから多少は楽になる筈だケーブルは最大100m」

「了解」

「オーバーヒートしちゃうんですか?」

「ええ」

「その子は?」

「私の仲間です。同僚の機体、GK-9700では随伴不可能なので
私の機体で艦上まで送り届けます」

「成る程、確かにあの機体では送迎は無理だな。了解した」

 苦笑しながら旨を了解する。技術者ならではの解答だろう、
シミュレーションでしか見た事はないが加速能力は相当なものだ。

「ショットガンは5発で冷却モードへ移行、以後は10分間使用不能
間隔をあければ多少は楽になる。こっちからも電源を得ているが
くれぐれも無理はするなよ」

「はい」

「空は晴天。無風。時刻は1300、発進良いか?」

「問題ありません」

「了解、ハッチ開放。GR-9600発進用意!」

 鈍い音を立てゆっくりと巨大な口が開かれていく、見上げる先は真っ青な空。
サイレンが鳴り響き騒いでいた兵士達も陰に隠れているようだ。

「発進!」

 ガタガタと音を立てながらテーブルごと持ち上がっていく、
ゆっくりと時間をかけ雪上へ上り詰める。
モニターから横を見るとMSの半分ほどもある何かが突き刺さっている。
上部は円を半分にした形でそのまま筒状の構造になっておりその下は甲板の下、
パッと見は爆弾以外の何物でもないが実体は解からない。

 前方には別のドートレス隊の姿が見える。
上に目を向ければ多数の航空機が確認出来、その中に形状が違う2機がある
キナとレナの機体に違い無い。多少のむらはあるようだが迎撃用意は整ったと見える。

「後は号令を待つだけね」

「そうですね」

 何処か憂鬱そうな表情を見せている、
技術者なのだからこのような光景を直に見るのは初めての筈だ。
 
「少し聞きたい事があるんだけど」

 暫くの沈黙の後ルーンが堰を切る。

「なんでしょうか?」

 戸惑ったような表情でルーンの方を向く。

「何処からきたのか教えてもらいましょうか、お嬢さん?」

 起伏の無い声でそれだけ言うと胸元から銃を抜き彼女の額に突き付けた。