薄暗い格納庫の中に2人の男が立っていた。 「構わないのか?」 やや背の低い方がもう一方の長身の男に話し掛ける。 「ええ、僕はそれで構いませんよ」 笑っているのか返事は軽い。 「今一解せんな、何故だ?」 「この色が最も汚れ無き色だから、かな」 「成る程、だが」 「ええ、最も汚れ無き色であると同時に最も汚れる色」 「では何故?」 問われた方は考える姿勢を示した後、ゆっくりと話し始める。 「だから、ですよ。僕はこれが最も汚れそして それ以上汚れる事の無い色に染まる事を願っています」 「変わってるな」 「よく、言われます」 長身の男が苦笑する。 「でも、そうでもしないと自分に歯止めが利かなくなる、 制御する事の出来ない力は暴走しそれさえも抑えられずに自虐に至る」 「伊達に飄々としているわけじゃないと言うわけか」 正直この男にその任に値する資質があるか迷っている所であった。 地位に拘泥する様子も無いし、どちらかと言えば遊び人という雰囲気である。 だが、その観測は改めなければならないようだ、彼は彼なりに考えている。 「そう言われると反論できないんだけどね」 男は笑顔のまま、そう応えた。

第9話




 
「何言ってるんですか、物騒な事言わないで下さいよ」

向けるは銃、その先には薄い紫色の髪を持った少女がいる。狭いコックピットの中、決して外す事は無い。
銃は小型の部類に入るが額を撃ち抜かれるのに物の大小が関係あるだろうか?

「証拠はあるんですか?私が銃を向けられるだけの証拠が」
「私はあなたを知らなかった。それだけで充分よ」

その言葉を聞いて自分でもハッとした。何時も自分が言っている事ではないか
メカニックとパイロットは決して他人ではなく、同じ存在であると。
如何にメカニックが有能でもパイロットの能力に合わせなければその機体は駄目になり、
如何にパイロットが有能でもメカニックが調整を怠ればその機体は駄目になる。
つまり互いが互いを理解していなければ駄目なのである。

「残念だったわね、別の隊名を言えば或いは助かったかも知れないのに
偶然か必然か、どちらにせよあなたは逃げられない」

「はぁ、私に特務は無理だったみたいです」
 
肩を下ろし自らの地位を明かす。
それを見てルーンも手をそっと下ろす。

「戦時協定により貴女は捕虜扱いになります。
こんな状況だから生死の保証は出来ないけど、手荷物を見せて貰おうかしら」

素直に頷き持ち物を見る、携帯端末、ハンドガン、スタンガンあとはネジやらナットやら
わけのわからないものも多々ある。何が起きるか解からないので全部没収し
親指を後ろ手で応急用のテープで結びつける。

「当面はその格好でいて貰うから、何かあったら言って頂戴。出切る事はするわ」

「ありがとう、ございます」
「これも仕事よ」

正面のモニターをじっと見詰めてる、ルーン。
それをやや前屈みの姿勢で不安そうな目で見るリーア、
暫くするとキナからの通信が入る。

「あー、全員聞こえるか?」

「問題無し」
「大丈夫だよ」
「聞こえるわ」
「上に同じだな」

それぞれに返事が入る。

「ルーン怪我の具合は大丈夫?後、リーアちゃん、元気してる?」
「ええ、もう大丈夫よ」
「はい、私は元気です」
「良かったぁ、あんまり無理しないでよね」

モスグリーンのバイザー越しの視線が時折別の方向を向く。
以内と言う事は何時襲撃が会ってもおかしくないという事でもある。
一秒、一分、一時間、時間の制限がかえって緊張を呼んでいるのかもしれない。

「通信を私用に使うなよ」
「今は任務中」

2人から注意を受け、不貞腐れた様子で返事をする。

「それでだ、大分妨害電波が効いてるみたいだな、今何とか繋げたが
この様子じゃこれも何時途切れるか解からない、レナ指示を頼む」
「了解、キナ曹長は私に続き上空哨戒並びに索敵。
フィ、ルーン同曹長はその場で待機、敵の攻撃開始と共に速やかに殲滅戦に当たれ、以上」

「了解」

返事が即座に返ってくる。
この時代、戦闘前には電波妨害を行うのが定石になっていた。
しかし、一つの電波妨害では一つの電波を妨害する事しか出来ず。
複数の電波を妨害するにはそれだけの電波を必要とする。
メジャーな物を妨害できてもまだまだ数はあるのだ、
とは言っても量産機で使えるのは限られている。
キナの機体で苦労したと言う事はドートレスを始めとする機体は殆ど通信は行えないだろう。


「各自幸運を祈る、キナ曹長」
「了解、通信を切る以後の連絡は非常時のみにする事。じゃあな」

それだけ言って画面が白黒のノイズに戻る。
だが直後再びキナから連絡が入る。


「何とかなったみたいだな」
「ええ、物分りの良い子で助かったわ」

表情をほんの少し崩し応答するルーン。
それにキナの方も苦笑する

「リーア。お前さんが乗ってきた機体は回収させて貰った
システムロックは流石だって技術者が言ってた、後少しで爆発しそうになったんだとよ
それと中身はお前さんの目論見道理、すっ飛んじまったみたいだ、ほとんどただの鉄の固まりだな」
「やっぱり、回収されちゃいましたか」
「そう言う事。ルーンは怖いからな、逃げ出そう何て考えるなよ。それじゃあ後は頼む」
「了解」

通信は慌しく終わった。

「終わったみたいね。まぁ、60時間タップリ伸ばす気でしょうから
気長に行きましょう」

余裕の笑みで食料を取りに下に戻ると言う。

「どうしてですか?」
「極限の緊張は極限の集中力を必要とするからよ
四六時中同じ格好じゃ変になるわ」

既に相手の手の内を知っているような口振りのまま
ハッチを開け下に下っていってしまう。
少しの間を置いて帰ってきた彼女は、2つの小さな袋と
かなり細長い物体を携えていた。

「食べて、美味しくは無いでしょうけど」

手の拘束を解いて片方の袋を手渡す。
不思議そうな顔のリーアの顔を見て、ルーンも不思議そうな顔で

「食べないの?毒なんて入ってないわよ」

それでもまだ疑いが抜けない様子、溜息を一つついて袋をサッと変え
中に入っているビスケットと子瓶を取り出し齧り、或いは飲みだす。

「これでいいかしら?」
「あっ、はい」

流石に悪いと思ったのか少しづつではあるが中に入っている者を食べ始める。

「すみません」
「別に良いわ、気にしなくて」

そう言いながらもう一つの持ち物をコックピットの端に立てかける
どうやら銃のようだ。

「ごちそうさまでした」

多くは無い量なので少しづつ食べても直ぐに終わってしまう。
ルーンはそれを聞いているのかいないのか、弾丸を詰め、排莢うけをその銃に取り付けていた。

「あなたは、どれ位のことができるの?」

作業を終えたのか、ふとルーンさんがそんな事を聞いていた。

「えっ?」
「技能の事を聞いてるのよ」
「革命軍のMS・MAなら大体扱えます、連邦の物も勉強すれば」
「大したもんね」

一息ついて考える目になる。

「そんな事無いですよ」

イキナリの発言に多少間を間を置いてからそう返事をする。

「そう、連絡があったら呼んで」

パッパと手を拘束してシートにうずくまる格好になるルーン

「えっ、えっ!?」
「疲れたから寝るわ、通信が入ったら起こして」
「けっ、けど」
「傷が痛むの、それに疲れたわ。この事はキナしか知らない筈だから問題無いわ」

言うが早いがシートに体をうずめて寝静まってしまう。
心地いい寝息だけが聞こえるばかりである。

「そんなの勝手過ぎますよ」

ブツブツ言いながら、改めてコックピットの中を見渡す。
右上には機体の図が映し出され、今の所は全てライトグリーンで表示されている。
操縦桿は2つ、武器操作だけではなく自爆も此処で決定されるのだろう。
周りの機器を見渡しながら機体の性能を勝手に妄想しているリーアであった。


 

「はぁ」

フィ・デ・ギレオレは憂鬱である。
バイザー越しの濃い緑色の視野は眺めているだけで頭が痛くなる上に
見方を示す赤い表示が更に頭を悩ませる。額にもうっすらと汗が滲む。

両グリップを握りなおし、溜息もつき直す。
一体何時になればこの状態から開放されるのか、それは攻撃が始まるという事なのではあるのだけど
この息苦しさとどちらがましであろうか。
自分を悩ませているバイザーを上げようと手を頭の方に向けるが思い直す。
今これを外してその瞬間に攻撃が始まったら、瞬間が命のこの機体には致命的、
だから、ここで外すわけには行かない。
手の平は汗でベタベタだ、拭った方が良いのか、けどその瞬間に攻撃が始まったら。
 

ジレンマに悩まされた後、彼女がバイザーを上げ手袋を脱いだのはそれから更に4時間後の事だった。



服が随分泥で汚れている、足も捻っているのかかなり痛む、
それでも走り続けた、走り続けなければならなかった。
誰かに肩を貸されているのか、確か友達では無い、仲間ではあった。
名前はよく思い出せない、男か女かさえ、その年頃はそんなに意識する年頃でもなかった。
私は地球からギリギリの環境で宇宙へやって来た。
彼は前から宇宙に居た、彼の家は多少裕福だった。
私は蔑まれた。皆一緒なのに、皆ギリギリだったのに。
彼は虐められた。多少恵まれていたから、だと思う。そう思われていたのだろう。

よくは解からないけど一緒によく逃げた。
自分も生傷だらけの癖に私をよく庇ってくれた。関わらなければ良いのに、
何時もそう言ったのに聞く耳を持たなかった。
助けられるのに助けないのは変だよねって。変わった人だった。

   
 
 
私、迷ってる。ここで手を貸したらそれはきっと仲間に対する裏切りになる。
だけど何もしないのはイヤ。だって、彼女は私を助けてくれた、だから私も助ける。
それに連邦の新型OSを見れる、これは大きなメリット。ダメ、こんな事を考える私って最低だね
大きい意味ではメリットは多分大きい。だって情報は敵を制する有効な手段。
小さい意味でのデメリットは計り知れない。だってそれをしたら、私は仲間を裏切った事になる。
だけど、このまま出来るのに何もしないのはイヤ、絶対にイヤ。


「ルーンさん?」
「連絡があったの?」
「いいえ。私、お手伝いしたいんです」
「何?」
「その脚じゃMSを動かすのは無茶です。だから私、この機体のOSを改修して」
「バカな事を言ってんじゃないわ、この場で殺すわよ
良い、アナタは敵なの、それがどんな事を意味するか」

「解かってます。ただ、私は人助けをしたいだけなんです。
敵とか味方とか、そう言うんじゃなくて、
それに、もしこの機体がやられちゃったら私も死んじゃうじゃ無いですか」


「良いのね、それで」


もう彼女は何も問わなかった。


「はい、その代わり」
「解かったわ。努力するわ」
「なら交渉成立ですね、OSのロックを解除して下さい」
席を譲り備え付けのキーボードを引っ張り、セキュリティをクリアした後盤を叩き出す。
そのタイプスピードは相当な物だ。ディスプレイ、と言うよりメインモニターに映る
情報を次々に処理していく。動作が止め、ずっと前の画面まで逆戻り
見張っているつもりだったが変な気を起こす勇気は無いと踏み、ルーンは再び目を閉じる。
或いは、今しがた思い出した仲間がひょっとしたら彼女ではないかと思ったからかもしれない。


興奮している自分に腹が立った。今コレを壊す事も出来る、簡単なこと。
この人、少なくともこの機体がどれだけ危険かはデータを洗っているだけで解かった。
AB-Pシリーズ以外の現存のMSでは勝てない。性能が違いすぎる。
欠陥はあるが解決方法は幾らでもある。壊さなきゃ、その方がいい。
今、自分に後悔してる。

「いやだなこんな気持ち」

そう小さく呟く。けれど、確実にどっちを選んでも後悔してた。
なら、せめて、少しでも確信に近いほうを選ぶべき、そう教わったし、そうしたい。
OSの全体を把握した上で少しづつ変更を加えていく。
中身を見ていて気になった事がある、ブラックボックスがやけに多い。
データ採集の方に重点が置かれているのか、興味は引かれたがそれを見る事は出来なかった。
繋がっているのは解かるがどのような方法で繋がっているのか解からなかった。
加えて盗聴器をセットする、今の所この機体自体は受ける事しか出来ないみたいだけど
設定を変えて送信もできるようにする、周波数は固定。これでこっちの事は全部解かる。
見つかる事は無いだろうし、最後に自動リセットをセットする。
今から60時間後に全てのデータをリセット。これで証拠は何も残らない。
せめてもの償い。自分でそう思った。

時間は流れて夜、ルーンのしている腕時計を見ると午前0時前を示している、
放送が正午だったと考えれば、大体後48時間と言った所であろうか。

「はぁ、やっと終わりました」

2度目の食事を平らげその後も更に作業を続け
今やっと終わった所である。安堵と共にルーンを起こす。
彼女も夕飯を取りに行き、戻ってきて多少食べるとそのまま眠ってしまった。
無論、定時連絡の時は起きたがそれ以外はひたすら寝ていた。
傷が痛む為だろうか。

「終わったのね、ありがとう」

少しも眠くない調子で応え、ぐーっと背伸びをし操縦を変わる。
腕を軽く動かし、フットペダルを踏んでみる。

「いい感じね。これなら動作に問題は無いわ」
「暫く動かしていて下さい。その後に微調整しますから」

それだけ言うと、ふぁと大きなあくびをしてそのままくたっと眠ってしまう。
悪いとは思いつつ手を後ろ手に拘束する。その間も丸っきり動じる事無くただ眠っていた。

機体はぐらぐらと揺れ続けた。周りから見ればさぞ奇妙に見えただろうが
こうしなければ自然な動きは取り戻せないのだから仕方が無い。
動かしながら彼女の能力に改めて驚かされる。最初は極端に敏感だった脚の感じも
徐々に重みが出てきている。自分の足と一緒、言い換えればシンクロしているのだろう。
一息を着いて夕飯である乾パンを齧る。

 
格納庫から食料を全部持って来たい所だか脚が何処まで持つか不安だし手当もしなければならない。
元々この戦争を5体満足で終えられるとは思っていない
脚の一本、最悪両手両足を失う覚悟はある。だが覚悟は覚悟であって現実には失いたくない。
後2日。或いは3日か。2日分は仕方ないとして如何に戦闘を上手く、そして迅速に終わらせるか
それが課題。そこへ上手い具合に彼女が飛び込んできてくれた、
技術者だと言う言葉に嘘は無く、先程の修繕作業にも偽りは無かった。
約束を守るつもりは余り無いが一応心に留めておこう。
何を言っても敵の数は減らした方がいいに決まっている。
本来なら用済みの彼女も消しておきたい、何と言っても機体の中身を見られた、
だが交渉材料はとっておいて損はない。
彼女は言ってみれば籠の中の小鳥のようなものだ。殺すも生かすも簡単だ。
だからと言って、無下に命を絶つことには抵抗がある。結局私の下した判断は現状維持だった。



今、何時位だろう。手首が見れないのでモニターに表示させて時計を見ると
12時少し前、とにかく眠い。コックピットの中は余り暖かくなくどっちかと言えば肌寒い。
定時連絡は0時だったから、後少し。そうすれば、また元気なみんなの声が聞こえる。
私は確かに存在している。今はまだ何も出来ないけど。
朝が来たら寝よう。それまでは起きていよう。

「空が綺麗」

曇った空の合間から点々と輝く星がはっきりと見えた。

 

11時30、腕時計を目の前におき時間を確認する。何時になれば戦闘が始まるのか
それを待っている。あるいは死ぬかも知れない。いや、やめておこう。
負ける事を考える時点で負けている、そう教わった。
確かにその通りだと思う。私は負けない。負けちゃいけない。
だって、それは私が死ぬって事、私はきっと英雄扱い
けど、それじゃあ困る。この戦争を生き抜いて絶対に家に帰る。
そして、私を見せる。そのためにも死ねない。

 

「ふぅ」

深い溜息をつく、一体何時までこうしていれば良いのだろうか
解かる筈も無い問題が頭を満たし、不安の色が浮かんでくる。

「ジャミル曹長?」

ルチルの声が聞こえてくる、アルプス級戦艦「ヒメユリ」のデッキ上
一機のガンダムタイプとドートレス・パラニストが闇を見据えている。

「はい、どうにも。この感じは苦手です」

ジャミル・ニートはそう応える

「実質2回目の戦闘だ、そう硬くなるこたぁねぇ」

この複座のドートレスのもう一人の搭乗者スパウ・ロウが軽くアドバイスを送る。  
この2機で通信が繋がるのは通信用ケーブルを装着しているからである。

「はい」
「もうじき定時の連絡ね、状況が早く終わるといいのだけど」

彼女なりの気使いであろう。



「指令は、これか」

小休止に着陸していたキナの機体が空へと飛び立ち、変わってリーア機が着陸する。
水平飛行に移った所で手渡された封筒を開け、命令を見る。

「成る程な」

小さく呟くと通信機のチェックを始め態勢を整える。
準備を終えると丁度12時59分を回った所だった、息を整えてから12時にあわせ通信を開始する。

「全機聞こえるか?」
「大丈夫だよ」
「問題無いわ」
「ああ、大丈夫だ」
「問題無し」

返事を確認してから、命令を伝える。


「本部よりの勅命だ、
『第731MS小隊は各機、本日25:00より脱走兵の処分を開始
同22:00より各自敵主力MS大隊へ向けて進軍開始、翌00:00より攻撃を開始されたし』
との事だ、この時刻に合わせて通常のMS部隊も移動を開始する、一斉攻撃って事だな、
敵と味方の詳しい位置をこれから送る」

「ちょ、ちょっと待ってよ。処分って」

「了解したわ」
「やり切れない話だ」
「逃げ出す方が悪いんだわ」

「フィ、俺たちに決定権は無いんだ。よく憶えておくんだぞ」

「だけど、そんな事」

理不尽な命令に困惑するフィ、だがキナにどうこう言った所でどうこうなるわけでは勿論無い。

「出来ないなら良いわ」
「そう言う事じゃなくて」

要はそう言う事をさせたくないのが友人として、あるいは人としてかも知れないが。

「どうせ、向うに行っても殺されるだけだもの。ここでやっておいた方が危害は少ない筈」

そんな事を言い出したのはレナ。休憩時間の最中ではあるが何時でも離陸できる状態である。

「殺される何て事絶対無い。だって、戦時協定で」
「協定なんて作り物よ、どうして態々敵兵を生かしておく必要があるわけ?
端から消していけば直ぐ終わるでしょう?」
「そんな怖い事言わないでよ」

「喧嘩はそこまでにしてくれ、どうこう言っても始まらない、攻撃は?」

「私が」
「あなたじゃ無理よ、私でやるわ」

私は彼女が手を下せない事を知っている。
加えて行動すれば機体にも少なからず負荷がかかる。今、そう言う事態は避けたい。

「良いのか?その機体じゃ攻撃の時に―」

「問題無いわ」

「そうか、動いているのがそうだ。時間になったらこっちからラインを結ぶ
通達は以上、健闘を祈る」

交換手から切られてしまえばどうする事も出来ない。

「何で、こんなのって変だよ。どうして味方を攻撃しなきゃいけないの」
 
自問自答を一人続ける、応える相手は勿論存在しない。



「今の話、本当ですか?」

起きていたのかリーアが話し掛ける。

「そうよ」

続けて憤った顔を見せるリーアに向けて尚も続ける。

「敵に知られちゃいけないことは沢山あるのよ、
あなたにとっては違っても」
「なんで?変ですよ、連邦ってみんなこうなんですか?」
「フィと同じね、昔彼女にも言ったけど、今、ここで変なのはあなたの方よ?」
「どうしてですか?」
「だって、私たちは味方を撃つって言う事が普通だと言っているのに
あなたはそれが違うって言う。あなたの方が変よ」
「なんだか、よく解かりません」
「フィと似てるわ、やっぱり」
「連邦軍ってそんなに酷い所なの?」
「それほど酷い所じゃないわ、言う事を聞いていれば何も起きないし
それに、慣れてしまえば酷い事も酷くなくなる物よ」
「そういうものなんですか?」
「ええ、ちょっと聞くけど、あなたは左利きよね」
「おかしな事聞くんですね。けど、どうしてわかったんですか?」
「勘よ」

短く礼を言うとコックピット内の計器を操作しだす。
実戦では始めて使う武器になる。果てない闇を見据え、赤外線センサーを起動する。
真っ暗だった視界が開け辺りに味方がいる事を示している。
視線を脚に移す、左足の脹脛をかすめていった弾丸、痛みは今の所感じないが
痕は残るだろう、少し前にも同じ事を考えていた。頭に手をやり再び考える。
生き残る為にはそれなりの犠牲が必要である、運であったり、或いは手足だったり
命である。その犠牲の上に生きる、戦場とはそう言う場所だと自分ではそうだと思っている。


「あの」

チェックも終わり一息ついていた頃横から声がかかる

「どうかしたの?」
「ルーンさんはどうして兵士になったのかなって?」
「そろそろ来ると思ってたわ」

予想していなかったような調子で予想していたような口調で応える。

「私は逃げて此処に来たの」
「逃げて、ですか?」
「そう、ずっと逃げて逃げてここに逃げ込んだの」
「逃げてちゃいけないと思います」
「そうね、だからここにいるの」
「あっ」
「多分、いえ確実にここが終着駅。もう逃げられないから
どんな事をしてでもここにいられるようにするわ」
「その為に人を殺すんですか」
「ええ、そうよ」

やがて定刻に近づき、連絡が入る。

「問題無いな」
「ええ、今の所」
「そうか、そっちのお嬢さんも元気そうで何よりだ」

視線がふとリーアの方に打ちる

「お陰様で」

返事を確認すると目をルーンに戻す。

「状況を説明する、僚機は次々と戦線を離脱してる。
前方の山岳地帯へ向ってるって所だな、着弾時の雪崩が問題だが
この時期だから問題無いだろう。座標データを送る」

「了解」

メインモニターに無数の対象が映し出される。その内幾つかが赤く点滅を始める
一息ついてライフルを持ち直す。銃口はやや上方を向いている。
射出された弾丸は一度上昇、そして落下し対象を破壊する。
この方が配置に与える影響が少ないためだろう。

「準備完了」
「了解、攻撃と同時に革命軍が応戦してくる可能性がある、警戒は怠らないように」
「その時は忙しくなるわね」
「全くだ」
「時間合わせ。3、2、1、攻撃開始」

「了解」

小さな衝撃波を残して白い光が上空に打ち出される。
それは場所によっては花火にも照明弾にも見えたかもしれない。
各々その光を見上げる。頂点まで達したのかやがて光は落下を始める
しかし、その直後爆音が響き、その白球が爆発し、地表でも爆発が次々に起こる
爆発を確認し赤外線モニターをオンにして飛んでくる攻撃に備え
命中しそうな幾つかを破壊する。それと同時に足元から響いてくるような大音響が鳴り響く
聞いた所オーケストラのようである。すかさずガトリングで破壊すると音は足元からは
とりあえず響かなくなった、どうやらスピーカーだったらしい。

「今の攻撃は?」
「占拠されてた対空防衛システムのミサイル、破壊できるか?」
「その余裕があればね」
「だな、どうやら始まったみたいだ」
「了解、この音は何?」
「わからん。多分通信妨害だろう。チャンネル開くぞ」

一瞬の間を置き馴染の声が聞こえてくる

「一体どうしたの?ミサイルばっかり!?それにこの音」
「こっちは異常無し、キナどうするんだ?ふぉ、この音楽知ってるのか」
「そんなことは良いの。指揮は一任している筈よ命令を早く」
「状況を説明する、ちっとは落ち着け、特にフィ」
「だって。これって交響曲の」

通信中にも時折爆発音がノイズのように入る、

「いいか、今攻撃しているのは元味方の自動防衛システムだ
ハッキリ言って俺達の機体じゃ巻き込む味方の方が多い、
自機に当るようなミサイルは破壊し、後は自軍に任せろ、
もうじき本隊の攻撃が始まる。戦艦は思っていたより少ない。
それにあわせてフィは突撃開始、無理はするなよ」
「了解、みんな大丈夫だよね?」
「お前に心配されるほどヤワじゃない。お前の方が心配だ」

ノイズと共に通信が途切れる

「すまん、回避が遅れた。問題無い。ルーンも敵の侵攻に合わせて攻撃開始
山肌を滑ってくる敵を破壊してくれ」
「解かったわ」
「本当にだいじょう」

そんなフィの声を無視し通信は続く。

「ジャミルは今からでも長距離攻撃を開始、水中にも敵がいる可能性がある
予備の砲身は大丈夫だな?」
「ああ、問題無い」
「レナは上へ行って空中の敵を破壊」
「了解」

「各人健闘を祈る、何か有れば直ぐに通信をよこす事、いいな?」

「了解」

並んで飛行を続けていた。2機が分かれ1機は上空へ残った1機も散開、
すなわち前線へと向っていく。



コックピットの中で酸素マスクを口につけ高度計を見守るレナの姿がある。

「異常無し」
「了解」

キナとの単調なやり取りが数回続く、その間にも地上では絶え間なく爆発が起こる。
そして徐々にではあるが音質も悪くなってきている。

「敵機発見、撃墜に移る」

雲を抜けると遥か上空に機影が幾つか見える、H型の編隊を組んでいるのだろうか
数は6、何かを吊り下げているようだ。

「了解」

スロットルをさらにあげ撃墜体制をとる。重力に耐えながら
その横を掠める。やはり何かを吊り下げている長い棒状の物体と巨大なコンテナ
爆弾でも入っているのだろうか。だとしたら破壊しなければ。
機体の上方に回り込みロックオンを仕掛ける。
だがロックがかかる直前に機体が一斉に散開した積荷を切離したのだ。

「チッ」

小さく舌打ちし切離されたコンテナ状の物体を追撃する。
この機体なら追いつける、体全体に風の流れのような物を感じながらロックオンをし
機銃掃射を行う、装甲版の幾つかが剥れたようだが本体には遠い。
再びロックをかけようと一度追い抜き下からの攻撃を試みる、しかし
下に潜り込もうとしたその時突然装甲版が弾けとんだ、破片を回避するが
その中に新たな黒い影を確認、素早くロックしようとするが、それはあろう事か
翼の付け根、MS形態時の肩に当たる部分に掴みかかって来た。

「MS!?」

まさかMSが中に入っているとは思わなかった。かなりの重さがあるようで
機体の推力だけではこの態勢を維持できない、なんとかして振り切らなければ
強引に変形しようとすればこっちが潰れてしまう、
かといってこのままでは敵機の重さで潰れてしまう。
それにしてもこの機体は、視界が塞がっていて真っ暗ではあるが見た言の無い機体であることは解かる。
一度推力をカットし流れに身を任せる。
もしヘルメットをしていなければ長い髪が目に入ったと思う。
そんな事を思いながら高度計を見る、もう飛行体制を維持できるギリギリの高度だった
このまま地面に衝突すれば敵も死ぬだろう。急に胸焼けがしてきた。
そんなのは嫌。これをやっつけて私は生き残る。そうしなければ。

「ルーン、聞こえる?」

「ええ、ノイズが酷いけどなんとか」
「私を撃ちなさい、敵機が取り付いて離れない」
「撃つのね、了解」

左腕のガトリングでミサイルを撃破しながら応答する。
この音は全部の音域に向けて発信されているようだ。
出ているのは足元の物体、恐らくスピーカーだろう。破壊するのも良いが生憎そこまで
手が回らない。ショットガンをリロードし落ちて来るであろう味方を待ち受ける。

「また味方を!?」

爆音と音楽が混じった中でも聞き取れたらしい。結構な地獄耳だ。

「そうしろって言ってるんだから構わないでしょう」

そう言うと彼女はコードを操作して別の所に連絡をとり始める。
操作中にも飛んでくるミサイルを関知するとスッと迎撃に移る。器用な人だと思う。

「こちらルーン、聞こえる?」
「ああ、ノイズが酷いけどな」
「レナ機の正確な位置を頂戴、敵機が張り付いてるらしいから引き剥がすわ」
「了解、座標データ送るぞ」
「攻撃開始、回避の用意を」
「ええ、わかってるわ」

素早くトリガーを引き発射、弾丸は吸い込まれるように一点へ向っていく
1つの点が2つになり、再び接近して地表に着地する。

「感謝するわ」
「これも仕事よ」

変形し着地してから一息ついて視線を手元から正面に移す、
見ると他の機体とは全く違う機体が正面に立っていた。
まさに純白としか言えないような機体色。
機体そのものは重MSを思わせ、間接にはそれぞれ複数個のシリンダーが見えるが
それを補って恐ろしい数のブースターがある。
今、その機体はその全長となんら変わらない巨大な両刃剣を構えている。
あの時、降下したもう一つの物体は間違い無くこれだ。
恐らくエース、ひょっとしたら指揮官かも知れない。倒すのにはもってこいだ。

「攻撃開始」

翼にマウントされているライフルを両手に装備しロックオンする。
敵は両刃剣を正面に構えたまま。トリガーを両腕同時に引く。
射出された弾丸が弾幕を作り出し、辺りに白煙が立ち込める。
白いベールの向こう側で敵は蜂の巣と化している筈。
無論、そんな簡単に終わるとは思っていない、だから今も掃射を続けている。
音楽を打ち消すような音が数十秒ほど鳴り響き弾丸が尽きて再び音だけの世界になる。
弾が切れる直前に右手の掃射をやめ。左の弾薬を装填する。
敵がいたであろう方向にきっと右腕を向ける、左の弾薬装填も手早く行い
再び2丁の銃を構える。

「生きていた!?」

熱源を関知した方が早かったが殆ど違わぬスピードで敵機が突っ込んできた。
休息後退を試みるが間に合わず左のライフルの半分を持っていかれた。
見ると剣の先端が発光している。ビームサーベル、それにしても巨大な剣だ。
役に立たないライフルを投げ捨て右のライフルを両手構えにしたまま発射する。
敵はそれも予見したように剣を縦にして前方に突き出す。
弾丸はいずれも命中しなかった。

「ABSか」

瞬時にそう判断し右のライフルも捨てる、対実体弾用兵装「ABS」。
無論、連邦軍にも存在しているがMSに搭載するには大きすぎ拠点防衛のフェンス的な
役割を果たしていると教わった。まさか装備しているMSがいたとは思わなかった。
どう攻略する。この機体についてこれたと言う事は機動性もそこそこあると言う事だ。
後退したまま変形し一度上空へ上がる。

「敵機の撃破に失敗第2波を仕掛ける」

音が激しくて向こうの声が今一伝わらない、彼の言うであろう
応えを予想し、届くかどうかわからない。

「一人の方がやり易いわ」

と返事をして攻撃を再開する。
上空からランチャーを開放しミサイルを発射する。
直接ぶつけなくても周囲を丸ごと破壊すればいい。
しかし敵機をミサイルの発射直後敵機をロスト。
いや、敵が予想外の動きをしたせいである。着弾時にそれは既に私の機体の上にいたのだから。
そのまま着地、いや着機か、非常灯は作動するし、警報サイレンが鳴り響く
うるさいったらありゃしない、言われなくてもどんなに不味い状況下は把握している。
機体を回転させて振り落とそうとすると「WARDING」の文字がメインモニターに表示される。

「今度は何!?」

思わずそう叫ぶ、その後に視界の端に剣のような物が見えて右側の推力が異常低下する。
機体の状態を確認しようとするがそう確認するまでも無いことに気付く。
右腕を切断された。このままでは地面にぶつかるだけだ、まだ何もしてな。
急加速して敵を振り落とし変形しながら着地、地面が削れるのが振動と舞い上がる砂塵でわかる。
どうにか停止した後機体のチェックをすると、案の定駆動系にも異常が起きていた
勝てる戦術をたてなければ、どうする。どうすれば良い。
その時、一つの提案が画面に映し出された、がそれを承諾する気にはなれなかった。
成るはずもない。誰がこんな事を。だが、それ以外の手が残されているだろうか。いやない。
しかし、これは賭けだ。いや相撃ちにもっていければ勝ちだろう。
負ければ、いや勝っても同じ、0か1の世界。ふと指すような痛みが腕にした。
顔の方に近付けると赤い斑点が一つ出来ていた。目を閉じると直ぐに1つの答えに達した
私は逃げない。逃げられない。そう、それしかないのだ。



その後にその機体は白い機体に突進していった、弾幕を正面に張りつつ
猛然と、白い機体はそれに臆する事無く一閃、勝負は文字通り一瞬でついた。
その瞬間に何が起きたかは、今はまだパイロット当人達しか知りえないことである。



「フィ、良い加減に攻撃に移れ」
「嫌」

そう言った、がそう返事が返ってきたのかは返って来たのかはわからない。
だがフィならきっとこう応えただろう。
上空から監視を続けているが、全く攻撃に移る様子が無い。
その盾を使ってブリュークのビーム攻撃を防ぐだけだ、拡散したビーム光からその様子がわかる。
何を考えているのかそれも何となく解かる、あれで薙ぎ払われた味方を見たのだろう
確かにそうしていれば味方がやられる事は無いかも知れない。
でも、限界は必ず来る、そうすれば辿る道は同じだ、ならばここで打って出るべきだ。
まだわかっていない。溜息を一つ付くとこの音を何とかする手段を考える。


「嫌」


通信が入った事を知らせる音が音楽の中でも解かる、何度も聞いた曲だから
違う場所があるとすぐにわかる。その音に反応して小さく返事をする。
勿論、聞こえている筈が無い。そう返事がしたかった。
味方が溶けるのを目の前で見た、後ろまで真っ直ぐに貫通していった光
爆発した機体、しなかった機体、溶解した機体。そんなのは見たくない。
もう、私はこの場に留まっていたい。
あの時に決めた筈なのに、けどやっぱり私には無理だよ。
納得はしている筈なのに変な気持ち。モニターが鳴ってる。
中に入って初めて聞く音、煩い。

「痛ッ」

腕に視線を落とすと赤い斑点が一つ出来ていた。
私は本当にこの場に留まっていたいのだろうか。
本当はここにいても何も変わらないのではないのだろう。
多分そうだと思う。ううん、そうだ。だから行かなければならない。
だけど、私はここにいたい。ここを離れたらその瞬間にまたアレが起きる事になる。
もうアレを見たくはない。だから。
その時、腕にまたほんの小さな痛みが走った。