Perfect Black




 
それはまるで舞いを舞っているようだった。その白い機体は一撃で周囲にいた機体を両断していく。
ただ、不思議なのは何れも爆発せずにそのまま倒れるているということだろう。
迎え撃つ敵側も敵意が失せてしまったのか。逃げ出そうとするする機体さえある、
だが逃げ出そうとした内の一体が急に爆発した。それを確認するとその白い機体はそれを破壊した
本人の元へと向った。


「また味方を!?、どうしてですか!」
「一度言った事は言わないわ」
「変ですよ!」
「一度言った事は言わない」

集中したいのだがどうにも隣が煩い。猿轡でも噛ませてやろうか。
敵が近づいてきている。あの機体が無事な様子なら生死はともかく
レナ機は大破しているだろう。勝てるかどうか、いや勝つ必要は無い。
要はこの状況を打破できれば良い。先程から見ていてもこちらが一方的にやられている。
超長距離からのビーム攻撃、攻撃してくる元味方機、機動力を重視したRMS-007部隊。
徹底した通信妨害による指揮系統の混乱。どれをとっても良いところがない。
退却戦の指示が出てもいい頃だが、その手段も無いと言った所だろうか。
何処まで役に立つか知らないが、多少の役には立つだろう。
空いているハッチは、意外と通い。そこまで持つかだ

「動くわよ」
「はっ、はい」

ライフルを撃ちながら急いで移動する、ミサイルの着弾もあるので実際よりずっと時間がかかる。
その間にもそれを上回るスピードで距離を詰められている。弾は全て当たらないと言うよりは
命中する場所がわかっているかのような避け方をされている。ショットライフルを捨て
右のハイブリットキャノンを構え発射する。電源供給用のケーブルも先程からの戦闘で切れてしまっている。
目標地点に到達した時には敵はもうバイザーを通さなくても確認出来るまでに大きくなっていた。
両足をしっかり固定し、左のハイブリットキャノンも発射する。命中した周囲が抉れているが
その時には更に前進して、もう眼前と言う位置だった。

「これは」
「知ってるの?」
「はい。ヴェント司令官の機体、です」
「なるほど」

間を空けるためにビームファンを装備する、確かに一別して他の機体とは違う。
ここまで白い機体と言うのは初めて見た。全身、駆動系を含めて白一色だ
だが所々変に黒ずんでいる場所がある。通常の運動では染まる筈の無い場所にばかりだ。
手には巨大な両刃剣あれがメイン武器だろう。どの程度の性能が備わっているかはわからないが。
流石にリーチも結構長く、思っていたよりも遠くから上段から第一撃が飛んできた。
ファンをかざしその一撃を受け止める。ハッキリ言って片手じゃ役不足だ、出力差が大き過ぎる
右に力を入れたまま、左のガトリングを至近距離から発射しようとするが手を発射体制に
持ち込んだのと同時に右の力が下がる、撃たれる前に自ら間合いをとったようだ。
敵の動きを読んだような動きをする。重装甲のMSとは思えない俊敏な動きだ。

「中々厄介ね」
「そりゃあ、司令官ですからね」
「全く」

ファンを左手に持ち替え体の前に構える。

「これだけの機体なら、フィの仕事ね」
「フィさんの?」
「彼女の機体は格闘専用なの」
「へぇ」

左に添えた右腕をハイブリットキャノンへと回す。予想通りその隙を狙って飛び掛ってくる敵
タイミングを素早く合わせキャノンを発射。おかしな体制で撃った為右腕に思ったより負荷がかかったが
この戦闘ではもう役に立つことも無いので問題は無い。その攻撃も手早くよけられ、
跳躍、そのまま後ろへ回りこまれる。呼応するように踵を返し、至近距離でキャノンを発射
直撃の筈だが増加装甲の下までは到達しなかったようで胴体部分が黒に染まっている。
間髪入れずに左腕のガトリングを胸元へ伸ばす。敵の方の動きはほぼ沈黙している。
コックピットがあるであろう場所に向けて一発、二発とドラムが回っていく。
何故かその動作がスローモーションのように見えた。着弾と同時に敵の肩部分から伸びてくる
二本の腕と思しきアームが突き出してきた。右腕を盾に使いながら身体をかがめる。
腕はそれぞれ肘の部分と手の平を貫通するが、貫通した部分を掴みとる。

「歯、食いしばってなさい」
「え?」
「いいから。舌、噛むわよ」
「はっ、はい」

足元にはMS格納用のハッチ、後少し。恐らく勝つ事は恐らく無理。
命令が伝わるかは別問題で退却戦に移行する筈。なら、時間稼ぎをすると言うものだ。

「ルーンさん!!」


機体の右腹部から強い圧力が響いてくる。視界の隅を見ると両刃剣が見えた。
先程はビームサーベルだったが今度は振動系の武器になっているようだ。
火花を飛び散らせながら徐々に食い込んで来ている。

「良いから、噛んでなさい」
「わかりました」

敵の腕は両方とも剣を支えるのに使われている。
真横にはMS格納庫がある。こちらも左腕で敵の胴体部を掴みそこへの一歩を踏み出さんとしている。
意を決しフットペダルに力を入れようとすると警告音と共に画面上にある提案が表示された、
だが、それを承諾するわけにはいかなかった。チラッと眼だけ通すと再びグッと力を入れる。
それを関知したのか、より強い警告音が流れる。一瞬気をとられるがそれ以上気にとめずに
一気にペダルを踏み込む。それと同時に右腕に指すような痛みが一瞬走る。

こうして2体と3人は格納庫へと落下したのである。




「いったぁい」
「どうにか、落とせたみたいね」
「これも作戦なんですか?」
「そう言う事、一緒に来て貰うから」

コックピットハッチを開ける用意をしてからショットガンを手にとる。
興奮しているのか体が熱い。身体の内側から湧き上がってくる。
銃に触れたときにもその間隔が瞬時に伝わった、相当敏感になっている。
ハッチを開放し、まず一発発砲する。反動がいつもよりずっと身体に残る
心地良いといえばいいのか。こんな状況で果して格闘戦ができるのか心配になったが
迷っている時ではない。リーアを連れ出し下へと降りる。
コンクリートの地面に触れ、あたりを警戒しながら真っ黒な部屋の隅へと向かい照明をつける
照明があると状況も解かってくる。今、自分のいる壁の反対側に
敵機がうつ伏せの状態で自機の下敷きになっている。
抵抗しようとしたのか壁面には巨大な両刃剣の軌跡が痛々しく残っている。
とりあえずは大丈夫だろう。後は敵を待つだけだショットガンをリーアの肩に乗せ左手を回し構える。
すると程なくして潰されているほうの機体から一つの影が降り立った。
それを確認してから先ず一発発砲する。反動一つにも普段とは違う負荷がかかる。
まるで自分の一部みたいだ、連続して四発発射、これで残りは残弾は無し。

射撃をやめたのを察知してか先程の影がこちらへと向ってくる。
照明に照らされたそれは影と言っても過言ではなく
全身真っ黒でそしてその影にも黒い影が飛び出している。
搭乗していた機体の白とはまるで正反対の黒。仮面をつけているので
その顔まではわからない。その仮面も瞳に当たる部分が赤黒いのを除いて真っ黒だった。
腰から2本長いものが吊り下げられているが恐らくは刀剣だろう
もう用無しのショットガンを投げ捨て敵に呼びかける。

「単刀直入に言うわ、撤退しなさい」

全く反応が無い。

「でなければ、今。この子を殺すわ」
「ちょっ。い、嫌ですよ、離してください」

無言で、左手でナイフを取り出し首元にあてる、まだ腹の部分ではあるが効果は抜群で
直ぐに静かになった。今にも泣き出しそうな顔で表情は脅えきって、息も相当荒い。

「好きにしろ」

そう聞こえた
どう来るかと思ったがそう来たか。やはり彼女の存在も大した事では無いと言う事か
右手でチョッキに装備していたハンドガンを取り出し銃口を向ける。
それに呼応するように敵も銃を抜く。

「なら、殺さないわ」
「そうか」

機械みたいな奴だと思った。あの時のアナウンスと同じ小枝。
本当に機械かも知れない。それ程に感情が感じられなかった。
神経を集中する、間違い無く容赦はして来ない。半端な気持ちでは逆に殺される。
そうすると、いつもよりずっと集中できた。おかしな話だが。
遺物である銃が自分の手の先のようにさえ思える、奇妙な一体感。
これなら良い動作ができる。不意に笑みがこぼれた。

不意に敵が発砲してきた、足をかすめるような空気の流れを感じるが命中はしていない。
と、腕が急に重たくなった。撃たれたのはリーアのほうだった。
どうやら、待ってはくれないようだ。重い人は荷物にしかならない。
足を撃つ事で弛緩し急にふらつき出す。巻き込まれると面倒なことになる

「ありがとう、これはほんの、お礼よ」
「やっ、やめて、お願い!」

視線を感じたのか、そんな声で抵抗を見せるリーア。
だが、こうなってしまえばどちらが死ぬしか道は無い。そもそもこうならなかった方が不自然なのだ。
握ったナイフを彼女の右の二の腕に突き刺しそのまま横に突き飛ばす。
絶叫と呼ぶようなものがするのだろうが、その声は既に届かず、正面だけを見据えていた。

左にも銃を構え、発射体制に移ると、敵は既にこちらに駆け寄ってきていた。
頭を狙うように一発、二発と時間をずらしながら両腕を使いながら応戦するがまるで命中しない。
外されている。刀の刀身を使って弾丸の軌道をずらしているのだ。


今度は急所を狙うように発射するが、やはり命中しない。右の銃を投げ捨て
新たに取り出した銃を手に取る。しかしその時には刀の射程に入ってしまっていた。
銃をクロスさせ上からの攻撃をガードする。直ぐ目の前まで刀身が迫ってきている。
一度間合いをとろうと、回し蹴りを放つと逃げるように相手は間合いをとった。

身体が熱い。集中できる分題力の消耗も速い。ペース馴れしていない所為で息もあがってきている。
つい今までは心地良かった動作も、今では吐気をもよおす程に気持ち悪くっていた。
やはり、おかしいみたいだ。息を荒げてはならない。左の銃のマガジンをつめ直す。
もう一度息を入れ。照準を合わせ、すかさず射撃を再開する。それも一発一発刀身で弾かれる。
撫でるように弾かれている、射撃は正確で、それをほんの少しだけ変えている。
事実、敵の黒い服には弾が掠った後がおぼろげながら解かる。
一定の距離まで詰めると一気に間合いを詰められる。応戦も間に合わない一瞬の出来事だった。
視界からきえたそれから、小さな間の後攻撃を受けた。
直後のモーションから察するに柄の部分で殴られたらしい。
インパクトの瞬間、小さく後ろに飛びのいたが防弾チョッキ越しにも衝撃が走った。
だが痛みは感じなかっあT飛ばされながら至近距離で銃を発射しようとしたその時、
影が第二波を繰り出すべく動き出し、直後、視界がブラックアウト。

起きた時には床を背中から滑っていた。どうやら気を失ったらしい。
喉の上まで上がってきた酸っぱい物を抑えどうにか立ち上がる。
射撃態勢を立て直そうとした直後に右からの攻撃が来るのが解かる、両腕を使わなければ負ける。
だが、手が追い付かずに右だけで受ける事になってしまう。銃を縦にしてその攻撃を受ける。
腕に痺れの残る攻撃だった。弾くように剣が飛ぶと胸に再び衝撃が加わる、
先に突かれた場所と同じ場所をやられたようで潰れるような嫌な音が聞こえたような気がした。

歯を食いしばりそれに耐えていると、左手の甲に突き刺すような痛み、思わず銃を手放してしまう
目で見るとナイフが深々と突き刺さっている有り様、
ナイフが腹の部分まで見えると言う事は貫通しているのだろう。
もうどうでも良くなって、そのまま膝から崩れ落ちる。気が抜けたのか一気に嘔吐感が襲い、
そのまま床に嘔吐。それでも不快感は全く消えず、更にもう一回中身を出す。しかし楽にはならなかった。
もう敵の姿は眼中に無い、と言うよりは目にすることが出来ない。視界が真っ白で、気配だけが解かる、
どうやら相手は私一人の命では足りない存在だったらしい。そこへもう一撃が飛んでくる。





「退却戦!?」
「ええ、今入った情報によるとね」

直接情報回線を繋いでいるこの機体には情報の撹乱もあまり意味が無いらしい。

「けど伝える手段が」

肩部に装着されたキャノン砲を水面に向けて発射しながらジャミルが答える。
殲滅用の機体なので、状況に合わせて砲身を変える場合もある、
今は対水用の特殊弾頭を打ち込んでいる。敵がどれ位いるかは解からないが相当数いるらしく
防衛用のドーシートの損害状況は相当酷いらしいし、対岸方向でも砲撃音が聞こえる。

「今から、撤退信号を出すから、敵が来たら追い払って」
「この機体で大丈夫でしょうか」
「何とかするのがプロってもんだ」
「俺は別にプロになるつもりはないんですが」
「はいはい、お喋りはそこまで、頼みましたよ」
「了解。出切る限りやってみます」


ほどなく撤退を知らせる信号が夜空に打ち上げられた。




それはまるで暴走と言っても過言でない程の動きでそれは敵を破壊していく。
攻撃は直線的で意思は無く、ただそこにあるものを破壊する、それだけの意思で存在に見える
その機体は徐々に敵軍の本拠地へと向っている。





まだ、生きてる。火照った身体は確かに自分のものだし。
目に映るコンクリートの光景も先程まで立っていた場所に他ならない。
そう思うと急速に覚醒していった。
壁によりかかっている姿勢なので誰かが運んだのだろう。
左はまだナイフが突き刺さったままで使えないので右の手を閉じたり開いたりしてみる。
確かにまだ動く。まだ、生きている。

ほどなく半分閉じている視界の端に黒い髪の男が映った。
そう言う顔なのか笑ったような顔をしている。

「眼が覚めたんだね、よかった。人間だとは思わなかったから」

かなり失礼なことを言うと彼はゆっくりと私の横に腰を降ろす。

「僕はヴェント・アリッツイア、東ユーラシア大陸の司令官をしている」
「知ってる、アレが人間とは思えなかったけど」
「射撃が正確だったんでてっきり機械かと思ったんだ。血が流れた時には驚いたよ」
「動作や声がまるっきり機械だったわ」
「気付いたお陰で、殺さないで済んだよ」
「説明になってない」
「それはこれから説明する」

変わった人だ。その口調、ゆっくりとした動作はとてもさっきのと同じ人間とは思えなかった。
そこまで、人間は変われるものだろうか。
いや、私も変わっているか。ここまで饒舌になるなんて何処か変になっている。

「君の乗っている機体。アレは特注品だ連邦軍の極秘事項って所かな
君を殺すのは簡単だがそうそうパイロットの代わりが見つかるとも思えない
重症らへんでとめておくのが都合が良いのさ」
「私を殺さないことが、動きを封じること、とそう言いたいのね」
「そう言う事、物分りが言いってのは助かるね」
「で、これからどうするの」
「君には帰って貰う。ハッチを開けたら撤退信号が出てた」

警戒感が殆ど感じられない。

「ただ、もし僕を殺そうとしたり。した場合には容赦しないからそのつもりで、
君が抜く前には勝負がつくよ」
「ええ」

一瞬気が変わった。明確な殺意をもった気配に、全く底知れない。

「動けそうかい?」
「無理」

身体に先程までは無かった痛みが生まれている。
それがまた、ここにある事を教えてくれる。

「全く、面白いこともあるもんだ」
「そうね。私を捕虜として連れて行く気は無いの」
「あの機体は狭いからね、またの機会にするよ」
「面白い人」
「よく言われる、司令官としては不適格かな」
「私に聞くことじゃないでしょう」
「ふむ、どうも君とは趣味が合わないみたいだね」
「前言撤回、ただの女好きね」
「そうはっきり言われるのは初めてだね、
周りが外から遠まわしに言ってくれてるけど、性分だからね」
「でしょうね」
「そうだ、一つ聞いていいかな」
「内容にもよるわ」
「君は、この戦争はどっちが勝つと思う?」
「前言撤回、ただの変人ね」
「で、どう思う」
「私はどっちでも良いわ」
「哀しい事を言ってくれる」
「理由ならリーアに聞いて、もう喋りたくない」

使える右手を胸元へ手を置くと、まだマウントされている銃の手触りがあった。
壊れていないだろうか。こんな事を考えるなんてやはりどうかしてしまっているようだ。正気じゃない。
苦笑してそっとそれに触れようとすると、次の瞬間には首に詰めたい感触があった。

「やめておいたほうがいい」

何が起こったのか。自分でもよくわからないが、どうやら抜いたらしい。
まだ峯の部分だがその気になればいつでも斬首できるだろう。

「言っても言い訳になるわね。多少抵抗するだろうけど。あなたなら出切るでしょ」
「何かの作用、か。目が随分赤いよ」
「殺すんじゃなかったの。引金を引くかも」
「だからと言って君にその気は無いんだろう、それだけで手首を切り落とすのは勘弁だね。意思の問題さ」
「支離滅裂よ」
「なら、こうすればいい」

すっと、手を下に滑り込ませ銃を握った手を上に向ける。銃口は彼の顔を捉えたままで動こうとしない。
これは確かに自分の腕だがだがそれは殆ど自分のものとは言えない。まるで夢を見てるみたいだ。
この分だと明日には今の自分は無いかも知れない。全くこんな事ばかり考えている。
ぎっと腕が上に向けられる。それに呼応したかのように虚空に向け銃声が響く。

「もう、大丈夫」
「まだ全弾撃ってないわよ」
「ジャムってくれた」

世に言う弾詰まりだ。変な衝撃を受けた所為で起こってしまったらしい。
彼は微笑んだような顔で手を離す。

「今日は変な事ばかりね」
「変な事ついでに、送ってあげるよ」
「えっ」
「その身体だ。這って行くことになると思うよ」

刀を納め、のそっとした動作で立ち上がるとそのままルーンを抱き上げMSの方へ向う。

「自分でもお喋りが過ぎたと思う、けど願わくばもう一度逢いたいな」
「馬鹿言わないで」
「リーアの事、ありがとう」
「私は」
「他意はないよ。ただ、ありがとうと」
「礼には及ばないわ」
「彼女には寝て貰っている。全治一、二ヶ月って所かな」
「君にも酷い事したしね、それに本来なら頭をズドンだろ」
「よく解からない、必要が無かったことをした気がする」
「そうだね、ちょっと無謀が過ぎるよ」

急に悔しくなった

「今日は君に会えて嬉しかったよ」
「不謹慎ね」
「よく、言われる」
「そればっかり」

それから、会話はパタリとやんだ。いや、在るべき姿に戻っただけの話だ。
抱かかえられたままコックピットに座らせられる。

「また何時か、今度はゆっくりお茶でもしよう」
「その手の希望は叶わないものよ」
「いいじゃないか。そう言うものでも」

「君の未来に希望の風を」

「ん。それは」
「私の仲間で友達が言ってるのを聞いたの」
「なるほど、随分と希望的観測だね」
「私もそう思うわ」
「それじゃあね。先に動いてくれると助かる」

サッとコックピットの中にルーンを入れ、
眠っているリーアのところへ向っているようだ。
深く深呼吸してバンドを巻き起動を試みる。
多少動きがぎこちないけれども問題無いようだ。
下に一機いるが、気にせずに立ち上がり
ハッチの淵に手と腕をかけ機体を持ち上げる。


一面を見渡すと見事に何も無かった。
あるといえばあるが、それは殆ど残骸といえるような物ばかりだ。
2kmほど先の空には照明弾が光っている。ヒメユリがどこにいるかは解からないが
あの近くにいるあろう。ほっとして息をつくと
今しがた自分がいた格納庫の中から白い機体が悠然と飛び出し
私の機体とは正反対の方向へ低空飛行をしながら飛び去っていった。


不思議な人だった。


きっと同じ事を考えているだろう。
気が抜けたのか急に身体の節々が痛み出した。
歯を強く食い縛って気を引き締める、一歩一歩歩き出すと
味方を表す識別信号がレーダーに映った。
やや直線ルートからはずれている。そんな事をする余裕は無い筈なのに、なぜか足が向った

その地点に到着すると、横倒しになったその機体は半分ほどが溶解され、無残な姿をさらしていた。
近くに寄って外に出る。夜明けが近いのか空はやや白んでいる。
吐く息は白く、口元に当てると温もりが伝わってくる。
機体をよく見ると狙撃系のチューニングがされているのか、頭部にはスコープが増設されている。
あの砲撃の中でこの機体が役に立ったとは思い難い。
半ば潰れかかったコックピットハッチを銃の力も借りてこじ開ける。
信号が出てる以上人はいるだろう、ただ生きている可能性は殆ど無い。

「誰かいるの?」

シンとした空間、ただそれは空間だけで内部は機械油や血の臭いで満ち満ちていた。
その臭気に思わず口を覆う。

「誰」

か細い声が聞こえた。それは今にも息途絶えそうだった。

「貴女なのね」

昨日食堂で一夜を過ごした彼女だ。ペンライトを取り出し明りを照らしながら彼女の
近くへ寄り添う。

「最後に会えたのが貴女でよかったと思う」
「そう」

彼女の銀色だった髪はもう何色か解からない色に変食していた。

「結局、こうして死んでしまうのね」
「私も同じ風に死ぬわ、きっと」

沈黙

「違う。貴女は違う」
「努力するわ」

再び沈黙

「最後にお願い」
「ええ」
「潰れちゃってるけど、右のポケットの中に家族の住所と」

そこで彼女は一息つく、相当苦しいのだろう。

私の口座番号が入ってるから。戦争が終わった後で良いから

届けて」

「解かったわ」

「ありがとう」

そう言って彼女は事切れた。もう身体はただの入れ物に過ぎない
正直、私も生きていられるかは解からない。戦後の混乱もあるあろう。
他人事では無い。だから私も人の家族の為に何かしたかったのかも知れない。
もう帰ることは無い、コロニーの本物の家族への小さな手向け。
間違い無くただ自己満足だろう。

彼女の眼を閉じ外へ出ると、肌に冷たい風を感じ髪に手をそえ東をむくと
朝日に照らされた薄明の空が黄金色に輝いていた。