トップ ページ |
上田市議会 質問記録 |
過去の 忠ちゃん便り |
福祉の国 視察報告 |
プロフィール | ご意見ご感想は こちらまで |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
統合ごみ処理施設建設は住民合意を前提に・・・クリーンセンターは誰が見ても適地に建設を・・・2箇所の候補地提言される資源循環型施設建設候補地選定委員会は、平成18年11月29日、広域連合長(上田市長)に2箇所を候補地として提言をした。ひとつは、上田市東山地区自然公園隣接山林(塩田のプールの東側、バイオセンターの隣接地)、もうひとつは、上田市川西地区泉池造成地及び隣接山林(竹下市長時代に住宅団地の用地として造成した池の跡地と隣接山林)。該当自治会や各種団体の反対陳情書や決議書出される 建設候補地の地元の小泉自治会では建設に反対する陳情書が、下之郷自治会では臨時総会で決定した決議書が、上田リサーチパーク管理組合は建設反対の決議書が、塩田平文化財保護協会は文化財保護・自然環境保護の立場から候補地から除外するよう求める陳情書が、生島足島神社は候補地を含む一帯を「古代から神域として大事にあがめてきた」として候補地からはずすよう陳情書がそれぞれ提出されております。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
共産党議員団「行政視察」行う2月1日〜2日、共産党上田市議会議員団は埼玉県行田市と千葉県匝嵯市(そうさし)の視察を行いました埼玉県行田市人口 88,556人視察目的・・・「小・中学校の少人数学級編成」の実施状況と効果について 浮き城とは・・・関東7名城とうたわれた忍城は、戦国末期の豊臣秀吉の関東平定の際、石田三成の水攻めにもよく耐え最後まで落城しなかった。それゆえ忍城は「城が落ちないのは城が水に浮くからだ」として浮き城と呼ばれている。 ・・・「浮き城のまち人づくり教育特区」の国の認定受ける・・・ 平成15年8月に教育特区としての認定を受けた。平成16年から小学校では1・2年生、中学校では1年生において、少人数学級編成を実施した。平成17年は中学2年生に、平成18年度には中学3年生へと拡大した。 小学校1・2年生は30人、中学1年生は30人、中学2・3年生は34人学級にしている。中学の小人数学級は全国で最初に実施した。(中学の国の基準は40人) ・・・平成18年市独自の財源措置により教員採用は23人・・・少人数学級を実施するため、市費負担教職員採用を実施している。応募は全国を対象に行い、地元の教員は5人で後は市外や県外からの応募である。給与は県の教員と同じである。任期は1年で再任は可能である。半数は県の教員試験を受けて県の教員になっていく。平成19年度は2人が行田市に異動してくる予定である。教員研修も年9回市独自で実施している。他の教師にも大きな刺激を与え、学校が明るくなってきている。千葉県匝嵯市(そうさし)人口 41,836人視察目的・・・「地産地消・食の安全と自給率向上都市宣言」と農業振興対策について・・・植木のまちとして有名・・・ 平成18年1月23日、八日市場市と野栄町が合併して、匝嵯市が誕生した。 全国屈指の「植木のまち」として知られている。植木関係農家は約700戸。水稲、施設園芸、野菜、花卉、畜産が盛んである。 平成18年6月2日に「地産地消・食と自給率向上都市宣言」、「農作業安全都市宣言」、「米の輸入自由化阻止都市宣言の各宣言」を行った。 ・・・都市と農村総合交流ターミナル「ふれあいパーク」・・・
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
1月の生活相談の主なこと(25)知らないで赤線の上に車庫を建ててしまった。・・市の管理課の立会いで撤去することに。 事業をしていたが住宅を売却することになってしまった。探しているが良いところがない。 ・・知り合いに頼み空いている住宅を借りることに 子どもがヤクザに入ってしまい、家に帰ってこれないので、何とかしてもらいたい。 ・・親と弁護士と相談する。借りている金を返すと共に、手付金などを払い、組を抜ける事ができた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||
『今後の日程』
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
|